靴屋と御曹司

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 昭和40年頃でしたか、ある町にそこそこ繁昌している靴屋がありました。舗装道路が少ない時分でしたので、その店も土道に面しておりました。    ある日、立派な身なりをした御曹司が靴屋にやって来ました。  靴屋の主人は高い靴を買ってもらえると期待して持ち前の商売人根性を発揮し、おべっかや作り笑顔を駆使して人当たり良く愛想良く御曹司に接しました。  すると、案の定、高い靴、それも誰も買いたくても買えない店で一番値の張る靴を買ってもらえましたので靴屋の主人は大喜びしました。  明くる日の雨上がり、みすぼらしい身なりをした男が靴屋にやって来ました。  靴屋の主人はどうせ安物しか買えないに違いないと馬鹿にして人当たり悪く愛想悪く男に接しました。  すると、案の定、安い靴、それも誰も買いたがらない店で一番しょぼい靴を買いましたので靴屋の主人は馬鹿にした儘、男を見送りました。ところが、泥道に刻まれた足跡を見てギョッとしました。御曹司が買った靴と同じ靴跡だと分かったからです。  男が履いていた靴が泥で汚れていましたから靴屋の主人は男が店内にいる間、それだと気づかなかったのです。   まさかあの男が・・・そう言えば顔が似てたような・・・そうなんです。御曹司は人が良いと評判の靴屋の主人の人格を品定めしたのです。その証拠に御曹司は二度とこの靴屋に靴を買いに来ることはありませんでした。
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