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|美神教《カリテス》の大天使につき!
厳かな雰囲気が漂う聖堂に多くの人々が集まっている。
皆、手にロザリオを握りしめ目の前の女神像に向けて真摯に祈りを捧げていた。
その姿を遠くから見て、柔らかな笑みを浮かべる男がいた。
美神教のエンブレムを背に着けたローブを羽織った男は、手に杖を持ち椅子に腰を下ろしている。
その周りには、シスターが三人ほど控え、訪れる人々を男と共に見つめていた。
「ふー・・・。もうすぐ、祈りの時間は終わりですね。今日も多かった・・・。ふふ・・・。信仰心が深いことは実に素晴らしいことです。」
「えぇ・・・。本当に素晴らしいことです。これも、司教様のこれまでのご尽力があってこそ。本当に、司教様は素晴らしいお方です。」
「ふふ・・・。いえ、私など大したことはありません。全ては女神様の御加護があったらからこそ。私はその一部をお預かりしているに過ぎませんから。」
傍らに立つシスターはうっとりとした表情で、男を見つめるとほぅ・・・と息を漏らし胸の前で祈るように手を組む。
司教と呼ばれた男はシスターに微笑むと、座っている椅子からゆっくりと腰を上げ、列の最後尾の女性に目を向ける。
「あの女性・・・よく見ますね。たしか、目を患っていたようですが・・・。」
「はい。半月前に突如、目が見えなくなったそうです。彼女はあらゆる医者や呪い師を頼りましたが、その目に光が戻ることはなかったそうです。その後、知人の紹介で縋るように、美神教に入信されたと聞いています。毎日のように、祈りに来られている姿をよく見ます。きっと、女神様も心を痛めておられることでしょう。」
「・・・・・・そうですね。それだけ敬虔ならば、そろそろ奇跡が起きてもいい頃でしょう。」
司教はゆっくりと盲目の女性に近付くと、驚かせないように静かに優しく話しかけた。
「いつも、熱心に祈られていますね?」
「・・・その声は、司教様ですか?」
「はい。【美神教王都支部司教 シモン】と申します。 良ければ、より貴女の願いが届くように、共に祈らせて頂けますか?もしかしたら、今日が祈りの届くその日なのかもしれませんよ?」
「あぁ、そんな!司教様が祈ってくださるなんて・・・私などに勿体ないですよ・・・。」
「女神様の代理人として、苦しむ人々を救うのは司教である私の使命ですから。気にしないでください。」
20代にも満たないうら若い女性が、突然の病に苦しむ姿に司教は心を痛めたのだろう。
戸惑う女性の手に手を重ねると、その手を引いて女神像の前へと誘う。
「さぁ、共に祈りましょう。貴女の目が見えるように・・・。」
「あぁ・・・!ありがとうございます!司教様ぁ!」
座る女性の前に立つと、司教は懐からロザリオを取り出し、女性の額に押し当てる。
そのまま、ゆっくりと長い時間をかけて二人は祈りを捧げていた。
しばらくして、おもむろに司教は祭壇の上のフラスコを手に取ると器に液体を取り出す。
指先を少し濡らすと、女性の瞼を優しく撫でた。
「え!?司教様?」
「大丈夫。私が祈りを捧げて造った聖水です。さぁ、祈り続けてください。わずかでも、祈りの力が強くなるように。」
「は、はい!」
女性が祈り続ける間、司教は丹念に聖水で瞼を洗い続ける。
数回それを繰り返した司教は、強く頷くと静かに離れて両手を広げた。
「さぁ!目を開けてみなさい。」
「・・・・・・あ、あぁ!」
司教に言われ、素直に目を開けると、突如差し込む光に目が眩んだ女性は驚きのあまり目を閉じる。
それでも確かに感じた光の存在に、女性は感動でうち震える。
「見え・・・見えました・・・!目が!目がぁ!光を感じます!ぼんやりとですが、真っ暗だった視界に光を感じました!」
「素晴らしい!貴女の願いが女神様に届いたのです!これこそ奇跡だ!あぁ!なんと素晴らしい!これぞ、女神様の御業だぁ!」
「あぁ!見える!暗闇に閉ざされていた視界がくっきりと!ありがとうございます!ありがとうございます!女神様ぁー!司教様ぁー!本当にありがとうございます!」
両手を広げ、女神像に感謝と賛美を送る司教の腰に抱きつくように、女性は涙を零しながら感謝の気持ちを泣き叫ぶ。
盲目の女性の目に光が戻る。こういった奇跡が、この教会では度々起きていた。
故に、その奇跡を求め、噂を聞きつけた人々が次々と入信するようになって、ついには、この国のほとんどの人間が美神教へと籍を置くことになったのだ。
人類の半数がこの王都集まっている現状では、つまるところ、人類の半数が美神教に入っているということになる。
その手は王都から、少しづつ、近隣の街に伸び現在も入信者を増やしていた。
もはや、王都と美神教は切っても切れない間柄となっていたのだ。
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