黒に染まりし想いにつき!

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小瓶を目の前で掲げると、チャプンと紅い液体が揺れていた。 『この中には、沢山の魔力が篭っている。それそこ、魔石などでは話にならないほど沢山の量だ。人間であるお前を変異させるほどの力を秘めた液体だから当然だな。』 「その正体を知ってどうするのです?やはり、量産して自身の力を高めるつもりですか?」 『フフ・・・!それは無いな。こんなもので力を得たところで何の役にも立たん。魔力や力が増えたとしても、それを操る能力の成長まではできない。魔法を使うこととはそんなに甘いものじゃないさ。』 「では、何が目的だと?」 『もしも、このアイテムが量産され市民の手に渡ってみろ。お前のような変異があちこちで起こることになる。怪しいモノに手を出した連中が自滅するならそれで結構だが、問題は半端な力は新たな犠牲を生むきっかけになりかねないということだ。平穏に暮らしていた民や生物を危険に晒すような真似は上に立つ者として見過ごすわけにはいかない。それは、お前が一番分かっているはずだ。お前を信じる人を傷付けるのが、お前であってはいけない。それをしっかりと自覚しろ。美神教(カリテス)の王として。』 「・・・美神教(カリテス)の王として、か。ふ・・・。まさか、魔王に諭されるとは。そうですね・・・貴方の言う通りです。」 シモンは小さく含み笑うと静かに頷く。 「その薬は、〈女神の涙〉と呼ばれるものです。聞いた事ありませんか?女神像が血の涙を流すという話を。あれは、起こるべくして起こる奇跡の瞬間なのです。」 ~ 女神の涙の正体とは? ~ 遥か昔に、人は生きながらに微量な魔力を発していることが、魔法研究によって発見された。 呼吸や筋肉の動作、思考から魔力が漏れ出ており、それを研究、コントロールする方法を開発したことで【魔法】が生まれたといわれている。 自然に干渉する【自然魔法】、身体能力に干渉する【身体魔法】の二種。さらにこれが細かく細かく分類され、今も使用される数多の魔法になっているのだ。 つまり、魔法の根本は呼吸、肉体、思考によって構築されているということになる。 教会では毎日、沢山の人々が訪れ女神像へと祈りと共に願いが捧げられる・・・。 魔法へ届くほど昇華された願いは、徐々に女神像の中へと蓄積し、大気の漂うマナと結合し、この紅い液体へと変化するそうだ。 純度の高い魔力の液体。 人々の願いが篭った液は、万物に変化を及ぼす不思議な液体になるのだ。 これを飲み干すことなどしなくても、機能に不具合の出た場所などに塗り、明確な魔力を込めて祈ることで治療を行うことができるそうだ。 なにぶん、使用者の魔力と想いに反応し易いため安易に使用するのは危険といえるだろう。 爆発するように念じて魔力を込めれば、火薬にだって匹敵する物を生み出すかもしれない。そうなれば、テロも簡単に起きてしまう。 こんな物が世に出回れば、社会は大混乱に陥るだろう。 本当に恐ろしい物を作ったものだ。 『なるほど。この方法は自分で思い付いたのか?』 「いえ。女神研究をしているという者から、仕組みと装置の作成方法を書いた資料を受け取りました。」 『ソイツの名前は?』 「私にはフランと名乗っていました。おそらくは偽名でしょうが。」 『ふむ。よくそんな奴と手を組んだな?』 「渡された物は確かに本物でしたからね。」 『宗教家が合理主義を語るか?むしろ、お前の考えは革命家に近いのかもしれん。ふふ・・・。』 「宗教家だからこそ、人々に安寧と秩序を求めるための方法を日々模索しているんですよ。まぁ、今ではその美神教(カリテス)もご覧の有様ですがね。」 自嘲気味に自身の姿を晒して、大司教シモンは苦笑する。 その姿は人とはかけ離れ、人々に仇なす魔族と近い見た目になっていた。 魔族を一番に否定する人物が、声を届かせるために力を求めた結果、魔人になるなんて皮肉以外の何物でもない。 『そうだな・・・。』 俺も同調するように頷くと、風の音と共に再びシルフィが戻ってきた。 ー ビュオオォォー・・・!! 『ただいまー!ダーリン!』 『お?帰ってきたか。早かったな。』 『うん!全速力で飛ばしてきたよ!すっごい楽しかった♡』 さすがは風の大精霊。 疾く風の如くとはこのことだろう。 『よし!それじゃあ、詳しい話をしようか。魔人シモン!少し休戦だ!我についてこい。仲間が集めた情報を共に確認してもらおう。』 「一体、なんの情報ですか?」 『不明とされていたお前の母親の行方についてだ。一緒に、その痕跡を辿るぞ。母が消えた理由を探ろう。』 「なっ!?」 手招く俺にシモンは身を固めると、目を丸めて息を飲んだ。 その目には明らかな戸惑いが浮かんでいる。 「ウソ・・・ですよね?一年前や二年前の話じゃないんですよ?母が居なくなったのは、遥か昔。三十年前です。もう、そんな当時のことを覚えてる人間なんて誰も・・・。」 『精霊に時間などないに等しいが?』 『うんうん!私たちは寿命なんてないからね。この星がある限り、私は生き続けるもん。百年前のことだって、昨日の事のように覚えてるよ?』 「精霊・・・?」 肩に乗るシルフィに手を差し出しすと、シルフィは手に乗りシモンを見上げる。 『世界に飛び交う精霊たちに聞いて回れば、分からない分からないことなんてないんだよ~♡フフ!』 『だとさ。ある程度のことまでは、調べがついてるらしい。真実まであと少しだそうだ。残りは我らとお前で探そうと思う。三十年前の真実、共に探しに行くか?』 「分かった・・・。ついて行こう。だが、もしも・・・!」 『あぁ。嘘や間違いだったなら、我の首をくれてやる。』 静かに頷くと俺は踵を返し、仲間の待つディケーナ前へと歩き出した。 これにより、美神教(カリテス)と魔王の闘いは一時休戦となる。 しかし、この時の休戦が破棄されることはなかった。 これが、事実上の終戦となったのだ・・・。
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