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今、戦のケジメを着ける時につき!
少し落ち着きを取り戻したシモンに、ハンカチを差し出す。
シモンはハンカチを受け取ると、グズグズと鼻を鳴らしながら、俺のハンカチを見てぽつりと、『魔王もハンカチなんて持つんですね・・・。』と余計な一言を呟いた。
ムカついたので、とりあえず膝裏に蹴りを入れるとガクンと両手を着いて倒れ込む。
必然的に、墓へと土下座するような姿勢になってしまった。
うん、それくらいはしとけ。
これからは、お母さんに足向けて寝られんぞ君。
ふと、俺は墓に目を向けると、ある疑問が浮かび頭を捻る。
『なぁ、シモンよ。今の話、変なところがないか?』
「え?」
『お前の母はここで息絶えた。誰に看取られるわけでもなく、一人でここで息絶えたわけだ。』
「うぅ・・・!母さんっ!ごめん、母さん!私のせいで!母さあぁーん!うわああぁぁー・・・!」
母の死の原因を思い返し、再びシモンが泣き始める。
みんな、忘れないで欲しいのは、現在のシモンは謎の薬のせいで魔人に近い姿になっているということだ。
その違和感といったら、大変なのものだよ。
『うるさいぞ。野郎の涙なんかに価値なんかないんだよ。』
「あぁっ!母さん!魔王に蹴られたよぉ!」
『うっわ・・・。母のことがショックすぎて、完全に幼児退行してるじゃないか。』
さすがに、四十のおっさんの幼児退行は見ている皆を引かせるだけの破壊力はある。
いや、気持ちは分からないわけではないぞ?
俺もママンが大好きだし。
パパンも同じくらい大好きだよ。(こう言わないと、嫉妬したパパンは滅茶苦茶怒るので無意識でクセになっている・・・。)
・・・二人とも元気にしているだろうか。
泣いてるだろうな・・・。せめて、異世界でも元気でやっていることは伝えられないだろうか・・・。
あと、観月と結ばれたことを報告したい。
あとあと、たくさんの嫁さんができたことも・・・。
俺ママン・・・観月パパン・・・ブチギレるだろうな・・・。
うん。考えるのやめとこ・・・。
鬼の形相の二人を想像し、そっと思考に蓋をする。
『って、そうではない!お前は今もこうして生きているということは、何か解決策が見つかったということだろ?治癒魔法とか。』
「いや、〈 魔障 〉には今も昔も、この薬草だけが効果あるとされています。下手に魔法を使用すれば、魔力の暴走を誘発しかねませんからね。死ぬリスクが逆に高まるといえるでしょう。」
『では、誰かが薬草を届けたはずだな。または、流通が落ち着いて手に入りやすくなったか。とにかく、お前が病に伏せっていた間も、問題なく薬草が供給されていたはずだ。』
「そうですね。実際、私が〈魔障〉に苦しむたびに、教会へと薬草が届けられていたようです。」
『ふむ・・・。お前の父か?それとも、他にいるのか・・・?それに、この墓だ。誰が作ったんだ?』
「・・・確かに。ですが、誰であろうとも構いません。私は母に捨てられたのではない。最後まで母に愛されていた。それが知れただけで十分ですよ。」
シモンは墓を見て、小さく微笑む。
『まぁ、そうだな。喉から手が出るほど、気を狂わせるほど、人生の選択を誤るほど、欲した母の愛だものな。よく噛み締めるといい。』
「えぇ・・・。」
夜風にそよぐ〈月の雫〉を眺め、シモンは頷くと墓に手を合わせて静かに立ち上がる。
ぐるりと周りを見回すと、天使たちに歩み寄った。
「リッツフェル・・・。本当に申し訳ないことをしました・・・。あなたの十年という長い年月を地獄に変えてしまったことを心から謝罪します。如何なる罰も私は受けるつもりです。贖罪となるなら、その手の槍で私を貫いてもらっても構いません。」
「・・・ん、まぁ。確かに怒りはあるよ。でも、元はと言えば、私たち天使族と人間の間で起こった大戦が発端だ。戦で生まれた歪みをお前たち家族が被り、犠牲となったお前の母のことは、心から残念に思っている。むしろ、謝るのは私の方だ、シモン。我らのつまらない意地で、人間たちに戦を仕掛けたことを心から謝罪する。本当に申し訳ないことをした。すまない、シモン。」
手にした槍を見つめ、罪を償うというシモンにリッツフェルは、真に償うべきは自分たちなのだと静かに頭を下げた。
「時代の流れです。それは、あなたの責任ではありませんよ。」
シモンは頭を下げるリッツフェルの肩に手をおいて、優しく上体を起こさせると静かに首を振った。
「あなたは悪くないんです。悪いのは、私なのです。神職者である身でありながら、愛に飢え、凶行を繰り返したのは他でもない私なんですから。何十年も前に与えられた愛に気付かず、すぐ側で幾年も支えてくれていた人々の愛情からも目を逸らし、ただ、心の空虚を埋めることだけに没頭した私はもはや、魔物と変わりない。私こそ罰せられて然るべきなのです。」
シモンは深々と頭を下げると、憑き物の落ちたように晴れやかな顔で微笑む。
その顔は紛うことなき、神職者の顔であった。
「シモン・・・。」
『ふふ・・・いい顔をしている。では改めて、己の信念をかけた闘いを始めようか、シモン。我は誤った考えに導かれた美神教を完膚なきまでに滅するために武器を振るうぞ。お前はどうだ・・・?』
「えぇ・・・。では、私は歪にはなりましたが“愛する人たちが遺した場所を守るために”。そして、残された信者たちと、天使たちの未来のために。そして・・・愛する母と父のために。武器を取り、貴方と戦いましょう。」
俺は剣をシモンに手渡すと、自身も剣を構えて相対する。
『この一騎打ちに意味はない。』
それはこの場の誰もが分かっていた。
だが、誰も止めることなどしない。
これが互いのケジメだと分かっていたからだ。
戦を起こした者と、戦を仕掛けられた者。
真実を明るみに出そうとした者、真実を隠そうとした者。
愛に気付いていた者、愛を気付かされた者。
それぞれのケジメとして武器を手に振るい合うのだ。
『いくぞ・・・美神教大司教シモン!』
「来なさい・・・魔王アスモデウス!」
武器は火花を散らし、ぶつかり合う。
まるで互いの想いをぶつけ合うように、それな幾度となく繰り返されるのだった・・・。
その姿を、墓石は静かに見つめている。
まるでこの成長を見守る母のように、静かに・・・静かに・・・。
風は穏やかに、二人の立ち合う足元の〈月の雫〉を揺らしていた。
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