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第99話 カイと先輩の想い
「カイ……」
先輩の一言に、僕は直ぐに悟った。
“先輩がカイの言った大失恋した相手なんだ!”
城之内先生の方を見ると、彼もその事に気付いているようだった。
城之内先生は僕が彼の事を見ていることを悟ると、
僕に向かって小さくうなずいた。
僕たちは誰も動けないまま、
ただそこに立ち尽くして、誰が次に動くのか
息を殺して待っているというような感じだった。
きっとそれは本の数秒だったに違いないのに、
何時間もフリーズしていたように思えた。
「あの…… まずは座りませんか?」
かなちゃんの声で、空気の流れが変わった。
皆ハッとしたようにして、
静粛のまま席に着いた。
カイはかなちゃんを見入るように眺めると、
何かを瞑想しているようだった。
僕には先輩と彼の間に何があったのか全く知らない。
聞いたこともない。
多分かなちゃんも知らないだろう。
「二人だけで話がしたかったら皆席を外すよ?」
僕が一番に声をかけた。
先輩は僕の手を握りしめると、
カイの顔を見た。
カイも先輩の顔を見ると、
次に城之内先生の顔を見つめた。
そして微笑むと、
「大丈夫です。
皆さんここにいても構いません。
既にお気付きだと思いますが、
私はそこに居らっしゃるコージと付き合っていたことがありました」
とのセリフに、皆驚かなかった。
やはり二人の対面の空気からそんな事だろうと読んでいたのだろう。
カイは先輩と付き合っていたことを告白すると、
先輩の方を見て、
「コージは遂に運命の番に出会えたんだね。
あれほど憧れて止まない存在に出会えたことは、
僕にとっても本当にうれしいよ」
と涙ながらに言った。
そしてかなちゃんに目を移すと、
「あの時君が話してくれた後輩がこの要君なんだね」
と彼のその問いに先輩はコクンと頷いた。
「先輩……もしかして……」
かなちゃんの言葉に、
「待って! 僕から説明させて。
僕は陽一君に何も隠し事はしたくない。
ちゃんと僕の口から伝えたい」
そう言って先輩は説明を始めた。
そこで僕は初めて日本をたった時の先輩の思いや経験を知った。
それはとても切なくて、悲しくて、
かなちゃんを愛していた先輩の心が、思いが、
先輩を愛する僕の心でさえも先輩の悲しみに痛むほどだった。
かなちゃんに対しての嫉妬とかそう言うのは無かったけど、
そこまで先輩に愛されたかなちゃんが凄く羨ましかった。
考えたくはなかったけど、先輩はきっと、
人生で一代の大恋愛をしたのだろう。
きっとそれが、彼がかなちゃんに対した愛の形だったんだろう。
きっと先輩は、僕には僕に合った愛の形をくれる。
それは分かっている……
分かっているけど、きっと始まったばかりの僕達には
太刀打ちできない思いがそこにはあったんだろうと思うと、
やるせない思いだった。
そんな僕の葛藤を先輩は感じたのか、
僕を抱き寄せると、僕の頭にキスをして、
“大丈夫だよ。心配しないで……
陽一君は何者にも変えられない僕の半身……
つまり君は僕自身なのだから……
そして僕は君の半身、君自身なんだから……
うまく説明できないけど、
陽一君は僕にとってカイとも、要君とも違う存在なんだ”
そう囁いてくれた。
先輩はお父さんに
「お前、本当に鬼畜だな。
詩織さんにしろ、カイにしろ、本当に手段を選ばない奴だな」
と言われ、
「面目ない」
と言っていたけれど、
きっと先輩の想いはそれだけではなかったと思う。
色々と間違いを犯した先輩だけど、
最終的には誠意をもって終わらせてきた。
人の傷ついた気持ちはそれだけでは測れないけど、
傷つけた方もきっとトラウマになっている。
僕は時折そう言った先輩を見てしまうことがある。
それは明らかに僕への執着であらわされていた。
ここでカイにあった事は、先輩にとって
良い方向へ進むのか、悪い方へ進むのかは分からないけど、
きっと彼にはカイに再会する必要があったに違いない。
「僕さ、鷹也に僕に似た人がいるからって誘われてここに来てみたけど、
まさか僕がずっと囚われていた本人だったなんて夢にも思わなかったよ……」
先輩の話を聞いた後のカイのそのセリフに、
僕の心がズキズキと痛んだ。
でも彼は続けて、
「でも……実際に要さんに会えて、
コージとまた再会出来て、最初はどうなるんだろう?って思ったけど、
今では凄く心が軽いよ。
不思議だけど、今は呪縛が取り除かれたような気持ちなんだ……」
と言ったかと思うと先輩と僕を見比べて、
「それに君の運命の番って……」
と尋ねた。
「うん、紹介するね。
僕の愛する番の矢野陽一。
そして君が推測する、僕がずっと恋していた要君の息子なんだ。
僕も色々とばかやったけど、やっと出会えたんだ。
僕がずっと、ずっと探し求めていた運命の番……」
「そうなんだ……
じゃあ、君が要君に固執したのも、
運命だったんだね。
負け惜しみじゃないよ。
君が運命の番に出会えて僕も本当に凄くうれしいよ」
そうカイに言われ、先輩はハッとしたようにして彼を見た。
「どうしたの?
そんな憑き物が落ちたような顔をして?」
「だって…… 要君を否定するわけじゃないけど、
今まで僕は要君への固執を凄く恥じてたんだ。
特に陽一君を愛するようになってからは……」
カイはフフっと小さく笑うと、
「僕さ、浩二には良いことを並べて嫌われないようにふるまったけど、
本当は凄く恨んでたんだ。
コージのことは引きずってないって自分に言い聞かせて、
だから僕にもいい人が見つかるはずだって言い聞かせて……
でも中々いい人に会えなくて、
自分には都合のいい言い訳を与えて……」
と回想するように言った。
「カイ……」
「でもさ、僕、やっとわかったよ。
君の瞳はあのころと比べると、
イキイキとして生きてるって感じがする!
あの時はコージも苦しかったんだろうけど、
きっとあの苦しみは陽一君と巡り合うための苦しみだったんだよ。
もしコージがあそこで要君との接点を完全に断ち切ってたら、
陽一君には会えなかったでしょう?
だから要君にあんなにしがみついていたのも、
きっと今の君の位置を確立するためだったんだよ。
そこに必要だったのが僕だったのさ……
僕ね、コージに利用されたとか、そんな事を言ってるんじゃないよ?
コージの人生の道筋に僕が役に立てたことがうれしいんだ。
それが今日分かって僕に少しの勇気を与えてくれた……
僕、あの経験があって、自分の中の時間を止めたままにしていたから……
でもコージにまた会えて話が出来て、
コージのずっと待っていた運命の番に会えて、
また実際に僕の呪縛となっていた要さんに会えて、
また時が進み始めたような気がするんだ。
だからこうしてまた好きな人に巡り合えた事に気付けたんだ……
だから……」
彼のそのセリフに、皆が
“ん?????”
という感じになった。
どちらかというと、皆、先輩に二度ぼれ??
って言うような感じだったけど、
僕にはなぜかわかった。
彼の好きな人は……
そう思っていると、カイは城之内先生の方を向いて、
「鷹也君、まだ出会ってそんなに時間は立ってないと思うけど、
きっと僕は君を待っていたんだと思う。
僕の時間はずっと止まったままだったけど、
その時間を君がもう一度動すきっかけをくれた。
ずっと迷っていたけど、言います!
好きです。 どうか僕と付き合ってください!」
と大告白のシーンとなって、
皆は本当に飛び上がったという表現が
ぴったりとあてはまるようにびっくりしていた。
一番びっくりしていたのは先輩だった。
僕が城之内先生を見ると、
彼は放心したようにして、
何が起きているのか分かってないような感じだった。
「先生!」
僕がそう言って肘でつつくと、
先生は僕を見た後、深々とお辞儀をして、
カイに向かって真剣な顔して、
「宜しくお願いします」
と一言言った。
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