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5.姉
私は家のリビングを見る度にあの陰鬱な晩餐を思い出してしまい、それに耐えられずアパートを借り家を出た。実家はリフォームして姉夫婦が住んでいる。
ある日、夜遅くに姉が電話をかけてきた。その日は夫が出張で一人なので退屈しているという。私も翌日が休みだったのでしばらく電話に付き合うことにした。
「最近浩一帰ってくるの遅いのよねぇ」
浩一というのは姉の夫、私にとって義理の兄である。
「お義兄さん出世して忙しくなったんじゃないの? それともお姉ちゃんの小言がうるさくて帰って来たくない、とか」
私がそう言って笑うと、案に相違して姉はそうかもと暗い声で答えた。
「何かさ、部屋を汚されるのが嫌なんだよね。それでついうるさく言っちゃってるかも」
それじゃあまるで母さんじゃない、と言った瞬間私は背筋がゾクリとした。いつも掃除してばかりいた母さん。遅くまで仕事ばかりでなかなか帰ってこない父さん。同じだ。
「あ、しまった、洗濯機のスイッチ入れてなかったわ。ちょっと待ってて」
今から洗濯? と聞こうとしたがスマホを机に置いたらしいゴトリという音と共に姉の声は途絶えた。
(ん? 何か今聞こえた?)
――カチャン。
それは食器が触れ合うような音だった。
――カチャン。
リフォームした後の家には何度も行ったことがある。洗濯機のあるスペースはリビングから少し離れているはず。姉はそこにいる。なのになぜこんな音が聞こえてくるのか。すると今度は別の音が聞こえてきた。
――ペタリ。
裸足でフローリングの床を歩く音。
「ちょっと、お姉ちゃん?」
大声で姉に呼びかける。
「お姉ちゃんってば! どこにいるの?」
しばらくすると姉が電話口に出た。
「何よぉ、大きな声だして。どうも洗濯物がたまると苛々しちゃって。ええと、何話してたんだっけ」
「ねえ、今ってリビングにいるんだよね?」
「うん、そうだよ」
私はごくりと唾をのみこむ。
「さっきさ、カチャンって食器の音みたいなのしたんだけど、部屋にいるのはお姉ちゃんだけだよね? 何だったんだろう」
「ちょっとぉ、怖いこと言わないでよ。今夜は私一人ぼっちなんだから」
「最近、夜中に物音が聞こえたりとか……ないよね」
「止めてってば! 私が怖い話苦手なの知ってるでしょ? さ、もう寝よ寝よ」
そう言って姉は電話を切った。それからしばらく姉と連絡を取ることはなかったのだが数か月後、意外な人物から私は連絡を受ける。
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