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4.父
「お姉ちゃん、ちょっと話があるの」
翌日私は姉に電話をかけた。こんなこと他人には話せない。姉は私の話を聞くとしばらく黙っていたが、来週末なら時間が取れそうだから一度そっちに行くよと言ってくれた。私は少し安心して電話を切る。だがその日の夜、思いがけないことが起きた。
深夜に家の電話が鳴る。こんな時間に家の電話が鳴るなんて……。誰かに何かあったのかと胸がざわついた。リビングから母の声が聞こえる。
「はい、はい。わかりました。すぐに伺います。はい、では」
母さんどうしたの、と部屋に入るとそこには真っ白な顔で受話器を握り締める母の姿があった。ツーツーという音が漏れ聞こえる。電話は既に切れているらしい。
「母さん?」
私の声に母がピクリと反応する。どうやら私が部屋に入ってきたことにすら気付いていなかったようだ。
「父さんが」
意外な言葉に私は首を傾げる。
「父さんが? どうしたの?」
しばしの沈黙の後、母は掠れる声で呟いた。
「死んだわ」
私は母と一緒に警察に行き冷たくなった父と対面した。交通事故死だという。父の車の助手席には若い女が乗っており彼女も即死した。女はどう考えても不倫相手だろう。母の体が小刻みに震えていたのをよく覚えている。母はよく耳を澄まさなければ聞き取れない程の小さな声で呟いた。
――おかえりなさい。
母は父の葬儀を終えると抜け殻のようになった。食事も摂らず夜も眠らない。しばらく入退院を繰り返したが結局父の後を追うようにして亡くなってしまった。思えば母も可哀想な女性だったのかもしれない。仕事仕事で家のことには無関心な父を待ち続けた人生。父の遺体に向かって母が呟いた“おかえりなさい”がその全てを物語っていたように思う。
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