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6.義兄からの電話
「あ、真奈ちゃん? 突然ごめん、浩一です」
義兄の浩一からの電話だった。
「お義兄さん? どうしたんですか、姉に何か?」
姉に何かあったのかと焦る私に、いやそうじゃないんだけどと義兄は答える。
「じゃあどうしたんですか?」
最初義兄は言いにくそうにしていたが、更に促すと重い口を開きこう言った。美香の様子がちょっと変なんだ、と。
「変……ですか。具体的に何かあったんですか?」
「昨日、夜中にね」
“夜中に”という言葉を聞いた瞬間、何か冷たいものが背中に触れたような気がした。まさか。
「夜中に、リビングをうろうろしながら独り言を言ってたんだ。声をかけようと思ったんだけど、こういう時って下手に声をかけないほうがいいんじゃないかと思い直してしばらくそのまま見てた。そしたら少しして何事もなかったかのように寝室に戻っていったんだけど……」
「お姉ちゃん、寝ぼけてただけなんじゃないですか?」
私は震える声でそう言った。期待を込めて。脳裡にあの日の母が浮かぶ。陰鬱な、一人だけの晩餐会。だが私の希望を打ち砕くように義兄は「いや」と否定の言葉を口にした。
「最初僕もそう思ったんだけどね。それにしてはちょっと様子が……」
尋常ではなかった、という。
「何て言ったらいいかわからないけれど、寝ぼけてたにしては目もパッチリ開いてて……。むしろギラギラした感じの目をしてた」
憑かれたような目をした姉はニタニタと嗤いながらリビングをぐるぐる歩き回っていたのだという。
「ストレスが溜まってておかしな行動を取ったのかとも思って、最近悩みでもあるのか? とも聞いたんだけどそんなのないって言うし。真奈ちゃんなら何か知ってるかな、と思って」
私はいつの間にか冷や汗をかいていた。スマホを握る手が震えてくる。
「あの……リビングの床」
「床?」
「はい、リビングの床に足跡、ついてたりしませんでしたか?」
「うーんどうだろ。床はいつも朝早くから美香が掃除してるからなぁ」
そうですか、と私は答え一度姉と話しをしてみると約束した。
「ありがとう。あの……厚かましいお願いではあるんだけどもし都合がつくようなら今夜泊りに来てやってくれないだろうか? 僕はまた今日から出張なんだ」
「わかりました。丁度明日は代休取ってるので今夜なら大丈夫です」
義兄はほっとした様子で電話を切った。今夜姉を一人で残していくのが不安だったのだろう。私はすぐ姉に連絡を取る。義兄と話をしたことは伏せ、遊びに行きたいとだけ告げると大喜びで承諾してくれた。
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