キス・ユー

3/22
4664人が本棚に入れています
本棚に追加
/369ページ
優秀な顔をした男性が興味深そうに私の目を見つめていた。ぼんやりと違うことを考えていたものだから、何を言われているのか、一瞬理解できなかった。 “こういう”と指されている先を見ると、そこにはしっかりと私の原稿があった。 担当者が彼――工藤くんになってから、何かと返答に困ることが増えている気がする。それが、彼の単純な好奇心のもとに生まれていることは十分に理解しているつもりなのだけれど、それでもあまり得意とは言えない。 「この話の主人公、かなり相手に恐縮している感じですよね。恋愛というよりは、王子様を遠目から見つめるシンデレラみたいな」 眼鏡のブリッジを指先で上げたその人に曖昧に笑ってコーヒーに口を付けた。なるべく舌先に残らない様に呑み込んで、肺に溜まった空気を吐く。 プラチナのフレームに縁どられた目は、私を見透かすように射抜いていて、少し、苦手だ。そんなことを言ったらセイは絶対に心配してしまうから、一度も口に出したことはない。 テーブルの下にある右手の指先で、左手薬指に触れた。そこには私の体温と同じ温かさの指輪がある。再度確認して、真っ直ぐに見つめられている瞳を見つめ返した。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!