エスプレッソ

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小説家とかいう職業は、とにかく複雑怪奇だ。 毎日が文字に忙殺されていて、毎日に撲殺されている。何度も何度もパソコンに向き合うから、指先以外の労力を使わないという恐ろしい職業だ。 たまに担当と会話をすると時の経過に驚かされるし、私の体感で、良かったことはない。 毎日家の中にいるくせに、毎日家の仕事がたまっていく。日本の基本的な一日の労働時間は8時間と決められているのに、私はそれに含まれない。 なぜだ。なぜだと思うけれど、そういうものだと宥められたからには仕方がない。 ゆっくりと意識が覚醒する。 ああ、もう起きなくてはいけないのかと思うと、ますます睡眠は手招きしてきてよくない。 久しくマスカラをのせていない、伸び放題の睫を震わせて視界を広げると、ノートパソコンのキーボードが見えた。正確には、キーボードの上に寝そべったまま朝を迎えてしまったらしい。 書けるところまで書こうと思ったのが悪かった。ごりごりに固まった背骨をまっすぐに引っ張って、伸びをする。そうすると、自分の背中から、何かが落ちた気がした。 振り返って、それが、先日購入した毛布だと知る。それだけで緩む頬を無理やりに引き結んだ。
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