エスプレッソ

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時刻は朝の五時。ずいぶん早く起きてしまったから、とりあえず周囲を見回した。 私のすぐ横に、セイがいる。それだけで世界が好きになると言ったら、セイは多分、どうでも良さそうな顔をするのだろう。 私には毛布を掛けるくせに、自分には掛けていない。以前それを注意したら、セイは「尊い自己犠牲のもとに、日本は動いてんだよ」と笑っていたからもう言わない。彼の自己犠牲に甘んじると決めた。 もそもそと動き出して、パソコンの電源を押してみる。昨日どこまで頭の中から文字を移しきれたかすら覚えていないから、文字の保存をしていないのではないだろうか。 私の生活において最も恐ろしいのは、締め切りとデータの紛失だ。それ以外なら、何があっても呼吸し続けられる。 立ち上がったパソコンが、起動画面を映し出す。それを見て、思わず首を傾げた。 ロックではなく起動になったということは、昨日の私がわざわざパソコンの電源を落としたことになる。そんなことをするくらいならベッドで眠っていそうだが、どうやら昨日は違ったらしい。 タイピングの邪魔にならないように毎日磨いている爪が暗闇のブルーライトに光る。 10本の指が正常に動いている映像は、何度見ても異常だ。
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