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「よし、6時23分出生!」
老産婦人科医が叫ぶ。同じくらいの齢のベテラン助産師が、ついさっきまで妊婦と呼ばれていた産褥婦をねぎらう。
産まれたての赤ちゃんは「おぎゃー」とは啼かない。羊水のプールから溺れ出たように「ほえぇ、ほえぇ」と喉を鳴らす。
新人看護師の明美は、身体測定を終えた新生児を受け取る。背中に、腋の下に、ねっとり付着した白い胎脂の甘酸っぱい匂いが心地よい。掌に乗る大きさの児頭をしっかり支えて、沐浴を済ませる。そのあと足の裏にインクをつけて、出生記念の足形を取る。毎日見ているが、足形は指紋と同じく誰ひとり似ていない。昨日産まれた児は、土踏まずが発達していて、鍛え上げた陸上選手のようだった。2040年のオリンピックに出場するだろう。
今産まれた児は、出生体重3920グラム。足の裏も大きくて、足形を押す台紙をはみ出してしまう。べったりした偏平足で、いかにも踏ん張れそうだ。この子は将来お相撲さんになる。明美はそう合点して、手形もいっしょに取らせてもらった。この色紙が、15年後に近所のラーメン屋の壁に飾られるのを夢想しながら、用意していたピンク色の産着を着せた。
「あ、女の子だった!」
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