オンライン・バレンタイン

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オンライン・バレンタイン

    「じゃあ、今日の冒険も終わりだな。いつものように、ここで解散だ!」  リーダーのノアが宣言したのは、最後尾の俺とサラが『青の広場』に足を踏み入れたタイミングだった。  青の広場は、この街一番の(さか)り場だ。中央にある大きな噴水は、いつも澄んだ水を吹き出していて、見ているだけで心が洗われる気分になってくる。食堂や武器ショップ、冒険者ギルドのような実務的な建物も並んでおり、広場の北端には、毎日お世話になっている『転移(ワープ)の神殿』もあった。 「お疲れー!」 「また明日!」  リーダーの解散宣言を耳にして、仲間たちは散り散りになっていく。デッシュやエリアなど、早速『シドの酒場』へ駆け込む者もいた。  俺は俺で、いつものように転移(ワープ)の神殿へ向かおうとしたが……。 「待ってください、アルス」  サラに呼び止められて、大きな驚きと共に振り返る。  無口で戦闘の時しか喋らないはずの彼女が、いったい何事だろう……? 「帰ってしまう前に、これを受け取ってください」  そう言って彼女が差し出したのは、手のひらサイズの真っ赤な包み。いわゆるハート型であり、ピンクのリボンが巻かれていた。 「今日はバレンタインですから。私はアルスの婚約者ですから」 「そういうことか……。ありがとう、サラ」  一応の礼を口にした後、今度こそ俺は、その場から立ち去るのだった。 ―――――――――――― 「婚約者ですから、と言われてもなあ……」  転移(ワープ)の神殿で自動セーブして、ゲーム世界からログアウトした俺は、改めてPC画面を覗き込む。  アイテムウインドウには、最新の獲得アイテムとして『サラのチョコレート』と表示されていた。書かれている説明も「今日はバレンタイン・デー!」だけなので、どうやら回復アイテムの(たぐ)いではないらしい。  しょせんゲームの世界の話であり、そのゲームの中ですら食べられないチョコレート。 「こんなものをもらっても、嬉しいどころか、虚しいだけじゃないか……?」  俺は、複雑な気分で呟いてしまう。  この『最終幻想冒険記』というゲームは、いわゆるオンラインRPGだ。登録ユーザーが自分の分身となるプレイヤーキャラクターを作って、他のユーザーのプレイヤーキャラクターとパーティーを組んで、冒険の旅に出るシステムだった。  しかし、普通のオンラインRPGとは違って、古典的なオフライン時代のRPGの要素も含んでいる。1人でもパーティーが組めるように、NPCつまりノンプレイヤーキャラクターを利用できるのだ。  他のプレイヤーと組んだ場合は、それぞれNPCは1人まで。最大人数にした方が冒険が(ラク)になるので、俺のパーティーも、4人プレイで8人パーティーになっていた。それぞれのNPCは、プレイヤーキャラクターと(ゆかり)のある人物という設定になっており……。  俺のNPCであるサラは、アルスの婚約者設定にされているのだった。 「婚約者からのチョコレートと考えれば、義理チョコではなく本命チョコのはずだが……」  婚約者というのは、ゲームの中だけの話だ。あくまでもサラはアルスの婚約者であって、俺の婚約者ではない。  もしもこれがプレイヤーキャラクターからのチョコレートならば、キャラクターの向こう側には動かしている現実のユーザーがいるのだから、そのユーザーの心がこもっている、と思えるが……。  NPCには、そんな『心』すらないのだ。単なるシステムに従った行動に過ぎないのだ。 「彼女いない歴イコール年齢の俺が、初めてもらった本命チョコなのに……。これじゃ全く嬉しくないぞ! いや、これを本命チョコと呼んでいいのか?」  自問自答する俺は、むしろ悲しくなるのだった。 (「オンライン・バレンタイン」完)    
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