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鍵を渡すだけだった。 何故、こんな事に… 事務所で返却しても良かったが借りてた手前、私物を引き払った現状確認をしてもらいながら鍵を返そうと、津久井と時間を約束した。 部屋の中央に元から配置されていたベッドに腰掛けながら、私は彼を待っていた。 これ程生活の匂いが感じらない空間だったのか… 辺りを見渡すと、借りた当初より成長した観葉植物たちがいた。ちょっとしたジャングルみたいだ。 それらに悩みや寂しさを投げ掛けながら世話をした。 元が温室だった空間で、私の煩悩を糧に旺盛に葉をつけた。 天井を見上げると、ガラス越しに陽光が煌めく。 突然、室内が蒸し暑く感じた。 換気の為、玄関の扉とトイレの小窓は開けてあるのに…思わずシャツのボタンを外す。 近頃、撮影中の女刑事役の為、黒いパンツスーツに白シャツという出で立ちが多い。前職の頃を思い出す。あの頃も同じ様な毎日代わり映えしない格好をしていた。 アクションシーンもあるので、護身術以上の殺陣も習っている。 カサッ 私は、音のする方を振り返る。 津久井がいた。 相変わらず猫の様に足音がしない男だ。
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