雪見煙草

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雪見煙草というのも、また乙なもので。上下左右都合二十本の指を(かじか)ませてもお釣りがくる風情があります。いや寧ろその二十本が非日常の演出に一役買っているのやもしれません。 こんな具合に誰へともなく喫煙の言い訳を心の中で呟いていると、隣家の屋根に一羽のカラスがひょいと止まりました。上手いもんでちょうど雪の積もっていない冠瓦(かんむり)を二三歩くと、止まり心地のいい場所を見つけたのか、ゆっくりと腰を下ろして向こうの山の方へと目をやりました。 つられて私も紫煙の隙間から山を眺めてみると、ちょうど夕日が隠れるところで、緩やかな稜線が橙に染まっていました。夕日なんてのは何度見たって飽きないもんで、たっぷり煙草一本分情緒に浸ってから、思わぬ芸術鑑賞の礼を言おうとカラスの方に首を回すと、既に飛び去ったのか後には足跡も残さず、ずっと遠くの方に小さく羽ばたく影が見えるばかりでした。 もしかしたらあの影はまた別のカラスやもしれませんが、私は半ば衝動的に、煙草を持った方の手を掲げ狼煙のように紫煙を昇らせました。隣同士で芸術鑑賞をしたよしみでしょうか、私はあのカラスとの間に一抹の絆を感じずにはいられませんでした。 気付くと寒気が足元を這い上ってきたもんで、そろそろ引き上げようと、根元まで縮んだ煙草を灰皿に押し付けたとき、遠く屋根の向こうから、カァと小さく聞こえた気がしました。
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