ゆきわらしが帰る日に

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「あれ、ちえのおうち!」  道路に面した古い一軒家。ようやくおうちの裏に戻ってきたのです。ちえちゃんはぴょんとばんざいをして飛び上がりました。 「そんなに時間は経ってないはずだけど、急にいなくなって心配しているだろうからね。寄り道しないでまっすぐ帰るんだよ」 「うん! かんたろう、ありがとう!」 「うん。じゃあ、僕も行くね」  さふ、さふと、道路に向かっていこうとする寒太郎を、ちえちゃんは追いかけました。 「かんたろう、また会ったら一緒に遊ぼうね!」 「……うん。またね」  道路に沿って歩いて行く寒太郎に、ちえちゃんは何度も何度も大きく手を振りました。  寒太郎が見えなくなってから、ふと下を向きます。泥も見えないほどに白く覆われた大地には、やっぱり小さな雪玉を転がしたような足跡だけが残っていました。  ちえちゃんは思い出したようにまっすぐ家に帰ります。玄関のほうきを使ってチャイムをピンポンと鳴らすと、慌ただしくドアが開いて、お母さんが目をまん丸にしました。 「ちえちゃん、どこに行っていたの!?」 「ただいま」 「ああ、こんなに冷えちゃって! すぐにお風呂に入りましょう! あ、いけない、栄子にも電話しないと……!」  お母さんは小さい電話を肩で支えながら、ちえちゃんの服を脱がすのを手伝いました。  お風呂から上がってまもなく、飛んで帰ってきた栄子ちゃんに、ちえちゃんはぱちんと頬を叩かれました。 「どれだけ探したと思ってるのっ!!」  栄子ちゃんの目は真っ赤に腫れていました。 「えいこ、乱暴はよしなさい」と、お母さんがなぐさめようとしています。  ちえちゃんはじんじんする頬も痛かったけど、栄子ちゃんを怒らせたのなら、ぶたれてもしょうがないと思いました。 「えいこちゃん、ごめんなさい」 「ちえ、あんた、あたしといるのが嫌だったわけ? だからいなくなったの?」 「違うの、迷子になったの。かんたろうっていう親切なお兄ちゃんが道を教えてくれて、おうちに帰れた」 「かんたろう?」 「かんたろうはちえとおんなじだったよ。お母さんとは冬しか会えないんだって。でもえいこちゃんは頑張ってるからちえも頑張るよって。大好きだから会えなくても寂しくないよねって、お話した」  栄子ちゃんは呆然とちえちゃんを見て、急に力が抜けたようにしゃがみこみました。まつげが長くて大きい目の中に、みるみるうちに涙が溜まり、突然ちえちゃんはぎゅっと抱きしめられました。 「ちえ、ごめんね……私が勝手に思い込んでいただけだったんだね……ごめんね……!」  なぜ栄子ちゃんが謝るのかわからなくて、ちえちゃんは「あれ?」と戸惑います。  泣きじゃくる栄子ちゃんが心配になり、ちえちゃんは細い腕を大きな背中に回して、ぽんぽん、と優しくたたきました。 それから、どのくらい時間が経ったのでしょうか。窓の外に粉雪がちらつき始めた頃合いでした。  栄子ちゃんは落ち着きました。みんなでお母さんが淹れてくれたあったかいココアを飲みながら、ちえちゃんは寒太郎と歩いた場所のこと、話したこと、寒太郎の足跡が雪玉を転がしたみたいに小さかったことまで、たくさん伝えました。 「……ねえお母さん、カンタロウって名前、この辺りで聞いたことある?」  一通り聞いた栄子ちゃんは、お母さんに話を振ります。 「ないわねぇ。そんな名前の子供いたかしら?」 「ちえを送ってくれたんだし、できればお礼をしたいけど」 「ちえもかんたろうのおうち、わかんない……」 「ああーもやもやする。恩人にお礼の一言も言えないなんて」 栄子ちゃんが頭を抱えます。ちえちゃんもやっちゃたなぁと思いました。一緒に遊ぼうという約束はしましたが、いつ会えるかはわかりません。寒太郎におうちのことをもっと聞けばよかったのです。 「ああ、そういえば」  お母さんがふとつぶやきます。 「名前はわからないけど、橋川さんのお店で似たようなことを聞いたような、ないような……」 「橋川さん?」 「ほら、交差点の向こう側の。夫婦で駄菓子屋さんをやっていたじゃない。もうかなりのご高齢だから店は畳んじゃったけど……たしか、冬だけは息子がくるって話をしていたわ」 「冬だけは息子がくる? なにそれ」 「その息子さんとできるだけ長く過ごしたいからって、雪が降ると店を閉めたままにしていることもあったのよ。優しくていい人たちなんだけど、ときどき不思議なことを言うのよねぇ」 「……それ聞いたの何年前?」 「まだ栄子が生まれる前だから、二十年……ううん、三十年くらい前かしら?」 「息子さん絶対子供じゃないでしょ、何歳よ。正月頃にだけ顔を出しにきてるってことじゃないの?」 「そうかもしれないけど、なんだかひっかかるのよねぇ……ああ、不思議なことといえば、おまじないを教えてもらったこともあったわ」 お母さんはうんうん言いながら、また思い出そうとします。 「私の友達が遊びに来たとき、駅まで送ろうとしたら橋川さんの奥さんとばったり会ってね。ちょうど友達は不妊治療のことで悩んでいたから、話題が出たの。それで、橋川さんに言われたことに、友達が怒っちゃって」 「橋川さんなんて言ったの?」 「『もし子供が授かれなかったら、雪だるまをつくって子供のようにかわいがるといいよ』って」 「雪だるまで願かけってこと?」 「たぶんそのつもりでしょうけど、まるで授からない前提みたいよねぇ。それきり私もおまじないのことは触れないでおいたけど……まさか、ねえ……?」  ちえちゃんはふと、雪野原に置いてきてしまった雪玉のことを思い出しました。  土の茶色が混じった雪玉は、そういえば。  遠く離れたときの寒太郎の姿に、よく似ていたのです。
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