前編

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 初めてお屋敷に来て先輩の女中から 「修吾坊ちゃまなら今、お庭にいるから。今日はいくらかいいけれど、いきなりお熱を出したりすることもあるから、これからはあなたが気を付けて」 と言い含められて庭に向かいながら、早くもみすぼらしい我が家に戻りたいような気持ちでおりました。  ええ、口減らしに奉公に出されたのだとは知っておりましたけどね。  病気の坊ちゃまの付きっきりの世話なんて下手をすれば自分も妙な病気を伝染(うつ)される恐れもあるから、他の使用人たちも避けて新たに貧乏な娘を子守りに雇い入れたのだという気配も察しなくはありませんでしたし。  足を踏み入れたお庭にはそれは見事な大輪の牡丹が咲き誇って馥郁とした香りが漂っておりました。  しかし、それすら恐れ入った貧しい娘の身には 「ここは本来お前のような(いや)しい者の来る場所ではない」 という無言の蔑みのようで却って気が重くなったのを覚えております。
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