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「ねえや、だね」
ゆっくり頷くと、坊ちゃまはふと思い出した風に手前の池に花開いた薄紅色の蓮を指し示します。
「さっきの蝶はね、最初はこの蓮の花に留まっていたんだ」
そこまで語ると、小さな白い手が開かれて揺れました。
何だか薄紅色の蓮の上に、白蓮が新たに花開いたように見えました。
「蜘蛛の巣に掛かると可哀想だから手で払って逃がした」
仔細に眺めると、薄紅の花には陽射しに幽かに光る糸が掛かっていました。
「蜘蛛には可哀想だけどね」
清らかな、どこか冷たい蓮の香りが漂う中で坊ちゃまはいとけない声で呟きました。
「蝶なら好きな所へ飛べる。でも、蜘蛛なら自分一人のおうちが作れるよ」
六歳の坊ちゃまは薄紅の蓮の花に掛かったあえかな白い糸の巣を見下ろして続けました。
「もし生まれ変わるならどちらがいいかな」
午後の陽を浴びて、主の姿の見えない巣は半ば透き通って煌めいていました。
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