epilogue 復讐という名の結婚をしますが……何か?

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 アルビスも既に着替えは終えているので、瞳と同じ色のローブをまとったその姿は一段と輝かしい。  光をふんだんに取り入れた花嫁の控室では藍銀色の髪は、銀の色が強くなっている。  そんな断りもなく部屋に入室したアルビスに対して、リュリュとルシフォーネは予期していたのだろう。驚くこともなく、すぐさま礼を取った。  けれど佳蓮は、鏡越しにアルビスを睨みつけながら、さらりと問いかける。 「で、あの男の子は元気なの?」 「ああ、元気だ。食事も君よりしっかり取っている。ただ当分は牢屋から出すことはできない。あやつも納得している」 「あっそう」   素っ気無い返事をする佳蓮だったけれど、これ以上アルビスに突っかかることはしない。  ロタが牢屋に入れられているのは、もちろん彼が暗殺者で野に放つことができない危険人物だから、というのもある。  けれどもう一つ理由がある。裏の事情をたくさん知りすぎてしまっているロタは、今、色んな人間から命を狙われる身になってしまったのだ。  そんな理由を佳蓮は、アルビスから直接聞いた。  そして佳蓮の願い通り、ロタの命を守るために牢屋から出すことはできないとも。  ロタがこのまま一生獄中生活を強いられるのかどうかは今は決まっていないし、わからない。佳蓮とて、ロタの存在をどうして良いのか問われても答えられない。  ただ本来、暗殺者を処刑せずに、生かしておくことは特例中の特例で。それは偏にアルビスが政治的な判断ではなく、佳蓮の意志を尊重したもの。  それは佳蓮もわかっている。  だからここはアルビスに向けて礼の一つでも言うべきところ、でも佳蓮の口から出た言葉は別のものだった。 「約束、忘れないでよね」  今度は振り向いて、きちんとアルビスと目を合わせてそう言えば、花婿は苦笑を浮かべた。 「そう何度も言われずとも……約束を違えることはしない」  アルビスがそう言った瞬間、部屋に得も言われぬ空気が漂った。  リュリュとルシフォーネも、佳蓮が条件付きでアルビスと結婚をすることを知っている。それこそ前代未聞のことである。  けれどそれについて、どうこう口を挟める権限は二人にはないし、挟む気も無い。  ただ複雑な気持ちは隠しきれないようで、それを感じた佳蓮は自分が発言しておきながら少し居心地悪さを覚えてしまう。  そんな佳蓮を見てアルビスはニヤリと意地悪く笑った。 「カレン、君こそ今更逃げようなどとは思うな」 「はっ」  佳蓮は思いっきり鼻で笑った。  そしてアルビスより更に意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。 「あんたからの王冠なんて、その場で叩き落としてやるからねっ」  佳蓮の憎まれ口を超えたとんでもない発言に、ルシフォーネの表情がみるみるうちに険しくなる。  けれどアルビスは、軽く眉を上げただけだった。  いやむしろ、この会話を楽しんでいるようにすら感じられる。 「それは構わんが王冠は重い。それにやたらと装飾がしてあるから、手に取るときは怪我をしないようにしてくれ」  そんな的外れなアルビスの気遣いに、佳蓮はついさっきまでの疲労困憊の様子は何処へやら。  バンッと鏡台に手を付いて、勢いよく立ち上がった。 「余計なおせっかいよっ。もう、うるさい!今すぐ、出て行けー!!」  地団太を踏みながら、佳蓮は鏡台に置いてあった櫛を手に取ると、アルビスに向かって思いっきり投げつけた。  途端にアルビスは声を上げながら、片手でそれを受け止める。そしてすぐ傍のチェストに置き、佳蓮の言われた通りにする。 「ではまた、すぐに会おう」  そう言って、名残惜しそうに背を向けた。けれどすぐに振り返って佳蓮の名を呼ぶ。 「なによ、早く出て行っ───」 「カレン、良く似合っている。とても綺麗だ。それと……ありがとう」  佳蓮は思わず息を呑んだ。  ありきたりで、歯の浮くような台詞を吐いたアルビスが、幸せという言葉のままの笑みを浮かべていたから。  これから一生愛されることが無い相手に、どうしてこんな笑みを向けることができるのか。  佳蓮は、さっぱりわからなかった。 ***  帝都から祝福の声が風に乗って届いてくる。  事情を知らない人達にとったら、きっと今日は格別おめでたい日なのだろうと佳蓮は苦い気持ちになる。  昔聞いた歌で、幸せそうに見える恋人だってそう見えるだけで、真相は二人しか知らないというものがあった。  ───まさにその通りだ。  そんなことを思った瞬間、聖職者の手によって、扉が重い音を立てて開いた。  目の前に広がる光景は、ファンタジーの世界から飛び出してきたような仰々しい服を着た知らない人達が、左右に分かれて起立していた。  そしてその中央には、長いバージンロード。陽の光がステンドグラスに差し込んで、祭壇へと続く道をキラキラと輝かせていた。  佳蓮は、ふと思い出す。  幼い頃に、どこまで行けるのかというちょっとした好奇心で、浜辺を一人歩いたことを。  歩けど歩けど同じ景色が続いていたけれど、突然、目の前の光景がまるで見たことも無い世界に迷い込んだ錯覚を覚えた。まさに今、それと同じ気持ちでいる。  でも記憶はないけれど無事に家に戻ってこれた。  だからこうして、一人バージンロードを歩く羽目になっている。  ただあの時「絶対に帰る」そう願い続けて歩いたことは忘れていない。  ここは知らない世界。きっと今、自分はあの時と同じように迷子になっている。  けれど、目的さえ失わなければ、きっと、返りたい場所に辿り着ける。そう確信している。  そんなことを考えながら佳蓮は、一歩一歩、大勢の参列者の視線を浴びながらバージンロードを踏みにじるように歩き出す。  そうすれば祭壇に、一際、美しい男が立っているのがヴェール越しに見えた。  この男は自分から大切なものを奪い、この世界に枷を付けた憎んでも憎んでも、憎み足りない男。  そして自身の命を引き換えにしてでも、自分を手に入れようとした男。  死に際に笑みを浮かべられるほど、自分の命を粗末にしてしまう男。  一度も愛されることなく凍えそうな孤独の中で生き続ける男。  全てを手中に収めているのに、なにも持っていない男。  そして今日この世界の神様の前で、復讐と言う名の結婚をする佳蓮の相手は、そう遠くない未来、二人に別れが来ることを知っている。  それでも限りある日々を、佳蓮と共に生きられることに心から喜びを感じている───そんな男だった。 ◇◆ おわり ◆◇
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