prologue 一生かけて復讐してやりますが......何か?

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prologue 一生かけて復讐してやりますが......何か?

 ───リーン、ゴーン。リーン、ゴーン。  宮殿内にある大聖堂の鐘が、帝都フィウォールに鳴り響く。  それを合図に城下に住む人々は、老若男女問わず、わぁっと歓声を上げた。  と、同時に紙吹雪が舞い、手拍子が鳴り、至る所で若い男女がステップを踏み出し、地面を揺らす。  そして祝いの酒がぽかすか抜かれ、「皇帝陛下に幸あれっ」と祝いの言葉と共に、大人達はグラスを傾けた。  今の季節は春。  あらゆる木々が、それぞれの新芽の色に彩られる季節。  ここメルギオス帝国において、始まりの季節であり、たくさんの命が芽吹くこの季節はもっとも喜びに満ちたもの。  そして本日は、このメルギオス帝国の統治者であるアルビス皇帝陛下の結婚式ときたものだ。  街は祝福の色に染められ、収拾がつかない程のお祭り騒ぎである。  けれど、動乱と紙一重のしっちゃかめっちゃかな風景も、春の柔らかさがすべて包んで、パステル色に染め上げる。  そんな大聖堂の外から響く巨大なうねりのような歓声を受け、聖堂の中にいる大司教は、参列者に起立を促した。  またたく間に、大聖堂いっぱいに張り裂けるような緊張が満ちる。  この参列者は、ただの参列者ではない。歴史的瞬間に立ち会う証人でもあったから。   こくりと緊張に耐え切れず、立ち上がった参列者の一人が唾を呑んだ。その音すら、やけに大きく響く。  その音を打ち消すように大司教が威厳に満ちた声で開式を宣言した。  数百人を収容できる巨大な大聖堂に、荘厳なパイプオルガンの音が響き渡る。  そして入り口の青銅の重たい扉が聖職者の手によって左右に開かれれば、純白のドレスに身を包み、両手にこの帝国花のブーケを持った花嫁が姿を現した。  花嫁はエスコートもないまま、バージンロードを歩き出す。  レースをふんだんにあしらったヴェールで表情までは伺い見ることはできないが、漆黒の髪を結い上げているその顔は、まだあどけなさを残している。  この花嫁は、18歳。だがそれよりも幼く、とても華奢な少女だった。  隙間なく絹糸で刺繍を施され、かつ真珠を散りばめられた絢爛豪華なドレスは、少女には重すぎるのだろうか。引きずるように歩いている。  それでも足を止めることはしない。ステンドグラスがはめられた窓に陽の光が差し込み、少女の純白のドレスに反射して一歩、歩くごとに様々な色に変化する。  ただ花嫁は、夫となるアルビス皇帝陛下を視界に納めた途端、楚々と、しずしずと。……という表現からはかけ離れた足取りに変わった。  言葉にこそしていないが「結婚してやりますけど……何か?」という不機嫌なオーラを全開にして。  本日は、晴天。そしてお日柄も良い。  ちなみに本日の挙式はこの帝国の法であり秩序である皇帝陛下のもの。  その花嫁……しかも正妻になれるなど、世界に一人しかいないというのに。少女は何一つ嬉しくないといった感じで、義務感だけで歩みを進めている。  とはいえ、花嫁自身だって一生に一度のことのはず。  だからこれまで育ててくれた両親に感謝の念を送ると共に、これからの人生を歩む夫への期待と不安で胸が震えて良いはずなのに。  なのに……虫眼鏡を使って必死にそれらをさがしても、欠片も見つからない。  花嫁に必須の感情は、どこかに置き忘れてしまったのかと訝しんでしまうほど、控えめに言って、この花嫁の態度は、ふてぶてしかった。  参列者は同盟国の代表者を始め、この国の領主たち。いわゆるお偉いさんばかり。そんな高位の存在は感情をコントロールすることに長けている。  が、この状況では、どうしたって「ええええー?!」という感情を隠せない。  例えそれが憎むべき存在の挙式であろうとも、この結婚を良しとしない思いを抱えていても、やっぱり驚きという感情が先行してしまう。  なにせメルギオス帝国の統治者であるアルビス皇帝陛下は、賢帝と称される反面、逆らうものには容赦はしない残忍な一面を持っている。  そんな恐れ知らずな冷血帝の花嫁の行動に対して、参列者から微かなざわめきが起こる。けれど、少女はお構いなしに、ずんずん歩く。  余談だが、新郎のすぐ後ろには、側近兼護衛の2名の騎士が正装姿で控えている。  事情を知っている彼らは、見た目こそ生真面目な表情を浮かべているが、内心、苦笑を隠すのに必死であった。  ただ、祭壇の前で花嫁の到着を待つ新郎である皇帝陛下───アルビスは、不快な表情など一切見せない。  むしろこの状況を楽しんでいるかのように、とても満足そうな表情だった。
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