前編

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 頭痛を振り払いながら、用件に直結する質問を投げる。 「伊織さ、この前横浜で起きた、廃墟爆破事件って知ってる?」 「ええ、ニュースになっていましたね。それが?」 「犯人を特定したかもなんだけど、探してくれる?」 「……ほう」  鏡矢の申し出に、伊織の声色が変わる。先程までの柔らかさはどこへやら、ナイフのように鋭くなる。 「警察の方ではなく、僕にそれを頼むということは、相手はスティンク……という認識で、よろしいですか?」 「うん」 「……そうですか。ならば、動かないわけにはいきませんね」  完全に仕事モードに変わった音がした。深く呼吸し、深淵にも届くような冷たさを感じる。 「情報は、今からスマホに送る。伊織、今どこにいる?」 「中華街ですよ。遠そうですか?」 「うん……少し。そこからバスで15分、てとこかな」 「わかりました、すぐにつかまえます」  近くのバス停を脳内で検索し、動き出す準備をしているのだろう。何やらゴソゴソと音がし、雑音が酷い。すると、それに混じって、鈴の鳴るような声が聞こえた。 「……イオ、どっか行くの?」 「ええ、少し野暮用でしてね」 「ふぅん……」  鬼気迫る雰囲気はどこへやら、穏やかな声に変換される。それを聞いて、鏡矢はぽかんとした。 「何……、今くるみんと一緒にいんの?」 「はい。共に水族館へ行っていました。とても愛らしかったですよ」 「……魚が?」 「もちろん、それもありますよ」 「それも……ね」  目の前にいない相手に、呆れた視線を送る。現在、伊織の横にいる時乃胡桃(ときのくるみ)への溺愛ぶりは、彼を知る者が認知出来ないわけがないほどなのだ。
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