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胡桃と伊織のいた中華街から程近い、スタジアムの膝元に広がる静かな公園。カップルの話し声と、親子の笑い声。鳥たちの囀りと、池が風に揺れる音。
その中で、1人、青い顔をしている女性がいた。彼女は四角く硬い椅子の内、2つが並ぶ場所に腰かけていた。その手に、何か白い紙を握りしめて。
「……どうしたの?」
「っ! あっ……!」
ようやく声をかけたのは、なんと胡桃だった。愛らしい人形を抱える姿は、実年齢よりも幼く見える。そんな相手にすら怯えるほど、気が立っていたのだろうか。思わず持っていた紙を落としてしまう。
「……大丈夫?」
胡桃がちらりと見ると、その紙は白紙ではなかった。何やら縦棒が引かれた円がいくつも描かれており、右上には【Jack】という単語が書かれている。
しかし胡桃は、そんな謎の暗号を気に留めることもなく、紙を拾って渡した。
「ん」
「ご、ごめんなさい! ありがとうね」
「……具合、悪い? 水分足りないのかな」
「え、っと」
いきなり顔を覗き込まれ、女性は困惑する。心配しているようだが、顔に出ていない上に話題が急だ。
様々な木々や建物により影になっているこの場所でも、風がなければ気温はやはり高く感じる。空を見上げれば冴えわたるほどの快晴で、確かにこまめな補給が必須条件となっていた。
「う、ううん。そうじゃないの。大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「ん……そうなんだ」
大丈夫だと言われてしまえば、もう会話の取っ掛かりがなくなってしまう。続けようという焦りもない胡桃は、その場に立ち尽くした。
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