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「…………」
何も言わずにジッと見つめられては、気にするなという方が無理な話だ。何か困りごとがあるのかと探り、今度は女性の方から声をかけてみる。
「……えっと、迷子かな?」
「? 迷子なの?」
「あ、いや、私じゃなくて、君が」
「俺? ううん、違うよ」
俺という一人称が、こんなに似合わない人も少ないだろう。違和感だらけの会話に困惑しているが、悪い子ではないと感じ取ったのか、女性は優しい息を吐いた。
「……ふふ。その子は、お友達?」
視線の先には、胡桃の胴体と同じほどのペンギンのぬいぐるみ。少し背の高い小学生くらいに思われてそうな口調にも、胡桃は嫌な顔1つしない。
「これ? さっき、イオに買ってもらったの」
大事そうに抱えて、淡藤色の瞳を細める。その様子を微笑ましげに眺めつつ人影を探したが、それらしき人物は見当たらなかった。
「そうなの。その人は、今どこに?」
「お仕事入ったから、もう行っちゃった」
「そう……」
本人はなんでもないように話したつもりが、何故か女性の方が表情を曇らせた。真意がわからず、胡桃は首を傾げて覗き込む。
「……?」
「ぁ……。ご、ごめんなさいね……!ちょっと、弟のことを思い出して……」
「そっか?」
家族を思った彼女の瞳には……涙が滲んでいた。
「……私の弟もね、こういうぬいぐるみが好きだったの。私や親がいないときも、お友達がいるから大丈夫、って言っててね。本当は寂しいはずなのに」
そのときの彼女は、ぬいぐるみを撫でながら、どこか遠くに感じる話し方をしていた。
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