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横浜三塔がよく見える、開けた広場。海を背にしたその場所で、何とか心を落ち着かせている者が1人いた。頻りに時計を気にし、その時が来るのを待ち続ける。
1分毎に場所を変えていく針が、頂点に迫る度に重たくなっているように感じる。息を呑み、冷や汗が喉を伝う――
「残念でしたね、ここまでですよ。田沼沙織……さん?」
「っ……!?」
――突然、背後から冷たいものを感じた。振り返ろうと前に体重移動した途端、喉元にチクリと痛みが与えられる。
「おっと、今は動かないでくださいね? 貴方の首にあるソレ、僕の可愛い『相棒』なのですが……今の切れ味は、刃を『相棒』とする方のお墨付きです。骨までサクッといきかねない……」
伊織の瞳が眼鏡の奥から射抜いたのは、彼女の首元で浮かぶ、精巧な柄があしらわれたトランプ。だが、その硬度と鋭さは、今はただのカードではないことを表す。
「な、何で……」
「何で? さあ、何ででしょうね? 今、僕から言えることは、さっさと爆弾解除しやがれこの野郎……」
「っ……!」
「ってとこですかね」
流れるような言動のまま、一瞬、声が地の底まで落ちる。だが、次には飄々とした態度で、仲間の心配を並べていく。
「危ないじゃないですか、胡桃くんが。彼の想像が解かれた途端、時計は動いてしまう。胡桃くんに限ってそんなことはないとは思いますが、疲れさせては可哀想です」
ここで不特定多数を救出するためだと言えば格好がついたのだが、明らかに心配している相手は1人だけだ。だが、捕まっている側からしたら、それどころではない。頬を引きつらせて、喉を張る。
「何を言ってるのか……」
「おや、まだ状況が理解できていないとは、哀れですねぇ。……時計を見てみなさい?」
「……!」
先程まで眺めていた腕時計は、もう予定の時刻を指している。……しかし、目の前の大きな時計塔の長針は、タイムラグと言うには無理があるほど、明らかに頂点に達していなかった。
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