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後はこちらの仕事、早急にプランを立てていこう。……そう意気込んだが、彩果の声はまだ止んではいなかった。
「それはそうと、鏡矢くん」
「ん?」
「貴方、実家にはちゃんと帰ってるの?」
「……」
久しぶりの電話のときには、毎回聞いてくる。少し時間が空き、先程までよりはノリの良くない声になる。
「別に、あそこは帰るとかそんなとこじゃねぇし」
「そうかしら? 貴方、まだ院に寄付してるんでしょ? 本当に律儀ね」
「……それ、どこ情報?」
「さあ? けど、匿名での寄付を毎月するような人、貴方くらいしか知らないのよ」
鏡矢の顔が、どんどん険しくなる。もう特定されていることを悟り、深く息を吐いて言い返した。
「匿名なんて、俺以外にももう1人、いると思うけど?」
「……さあ、そっちはわからないわね」
「よく言うよ……」
2人は、同じ児童養護施設の出身なのだ。こうして活用しているスキルも、並の場所で生きられなかった証と言えるだろう。
鏡矢はその場所を苦いものとして捉えているようだが、完全に避けているわけでもなかった。
「恩返しのつもり?」
「借りっぱなしはモヤモヤする。……せめて、世話になった学費分だけでも、全部返しとかないと」
「そう」
もう、何度目の会話かもわからない。だがそれは、彼の意志がいつまでも変わっていないことを示していた。
「なら、あの人にもそんなことしてるの?」
『あの人』……とは、鏡矢にとって、故郷以上の居場所になってくれて人のことだ。その話になると、鏡矢は途端に呆れた声を出す。
「あの人は、そんな金なんて受け取らないから。そもそも今は仕事相手だし、金を踏んだくってる側だよ」
「ふふ、そう」
照れ臭いからこその言い草だということが伝わり、彩果は少し微笑ましく思う。
「……まあ、その代わりじゃないけどさ。たまに飲み代出したりしてる」
付け足される一言が、相手に対して『嫌悪』の2文字が全く入らないことの証明だろう。
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