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5 対話
舞の中であの一件を誰かに話したいという欲求が日に日に強まっていった。けれどそれを話したとして、その後はどうする。他の人達に知られたら瞬く間に噂が広まるに違いない。
そうなった時、自分がばらしたという話もしのぶの耳に入るはずだ。なんとなくそれは避けたかった。
けれどこんなことを相談できる相手もいない。
たとえば裕太に話したら「近所の人と一緒になって変な噂を広めようとしてる」だとか「単なる願望だ」とか言って、こちらの話に耳を傾けようともしないだろう。
身勝手な嫉妬のせいで関係のない場面を見間違えただけと思われるに決まっている。自分でも、同級生相手に見苦しい考えを起こしていると思う。
しのぶが羨ましかった。なにかほころびがあったらいいのにと思っていた。黒い噂が事実であれと期待していたのは否定できない。
だけどいざその現場を目の当たりにした時、舞はどうすればよいのかがわからなくなったのだ。
なんのつもりで彼女は他の男と会っていたのだろう。考えれば考えるほど頭が痛くなる。
あの一件から五日後、とうとう耐えきれなくなった舞は真相を確かめることにした。
太一を幼稚園へ送ってから数時間、迷いに迷ったあげく昼過ぎになってようやく隣人宅を訪ねる決心がついた。意を決して赴いた舞を、しのぶは快く中に入れてくれた。
「来てくれて嬉しいわ。さ、上がって!」
その笑顔を嘘臭いと感じるのは舞の内にある不信感のせいだろうか。
こちらが腹の中でなにを考えているのかを、気付いているのかいないのか。もしかしたら、わざと気付かないふりをしているのではと勘繰ってしまう自分がいる。
「今日はどうしたの?」
舞をリビングのテーブルに着かせ、しのぶはいい香りのする紅茶と有名ブランドのお菓子を出してきた。向かいの椅子に腰を下ろす彼女に、舞は勇気を出して問いただす。
「旦那さん以外の男の人と、会っているでしょう?」
単刀直入な言葉に、それまで笑顔の仮面を貼り付けていたようなしのぶの表情が変わった。けれど青ざめたわけでも怒りに歪んだわけでもない。
きょとんと目を丸くして、心から意外そうな顔をしたのだ。
「もしかして、見ていたの?」
誤魔化しの言葉が出てくるのかと思っていたのに、彼女はあっさりと認めた。
「それじゃあ、この前の」
「土曜日の夜でしょ?」
予想外の反応にこっちが戸惑ってしまう。おずおずと頷くしかできない舞に、しのぶはくすっと笑ってみせた。
「声くらいかけてくれてもよかったのに。あの人、私の兄さんだよ」
「え、え?」
舞は困惑した。
しのぶに兄なんていただろうか。
彼女とはさほど親しくもなかったから、家族関係については当然わからない。けれどフッと舞の中に昔の記憶が呼び起こされる。
しのぶの両親は、彼女が小学生の頃に離婚したらしい。そのせいで仲のよかった兄と離れて暮らすようになったのだと、人づてに聞いたことがある気がする。
だけど、そんなまさか。だってあの時しのぶは、普段見せないような表情をしていたくせに。
「私の両親が別れたって話、聞いたことあるでしょ」
少しだけ彼女の声が悲し気なものになる。無意識の内に手元のカップを睨んでいた舞は慌てて顔を上げた。
「あれ以来、あまり会っていなかったの。連絡は取り合っていたんだけど、それこそ結婚してからはお互いに都合もつかなくてね」
しのぶはそこで一度言葉を区切り、優雅に紅茶を飲んでから続けた。
「最近になってようやく会える機会が増えたの。本当は夫も一緒にと思ったんだけど、彼は兄さんが苦手みたい」
「あ、そうなの?」
「舞ちゃんはどう? ちゃんとご家族と連絡取ってる?」
「え、ええ。母さんは用事もないのに、よく電話してくるよ。こっちからかけないと、すぐ心配になるみたいで」
なぜ自分の話なんてしているのだろう。しのぶついての話をしに来たはずなのに。
どもりっぱなしの舞とは対照に、しのぶは穏やかに言った。
「とにかくそういうわけだから、不倫の心配はないよ」
舞の肩がぎくりと跳ね上がる。
醜い心を見透かされたような気になって委縮した。
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