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6 後悔
「高校の頃、部活の後輩をいじめてたんだ。そいつよく面白い反応してたのに、学校辞めちまったの」
裕太がそう言っていたのはまだ付き合い出したばかりの頃だ。彼の部屋で一緒に飲んでいた時、誇らしげに過去の話を聞かされた。一種の武勇伝のつもりでいたのかもしれない。
当時は裕太のやんちゃな部分も可愛いとすら思っていたが、それでもこの話にだけは嫌悪感を覚えた。
「そういうこと話すの、やめなよ」
冗談にしても事実にしても嫌な話題だと思ったのに、裕太は不思議そうな顔をした。
「なんで? もう終わったことなのにさ。そもそも嫌だったらあいつも俺にやり返せばよかったんだよ。向こうが反撃もせずうじうじしてただけなのに、俺の方が悪者ってわけ?」
あの時の彼はずいぶん飲んでいたから、その過去が事実だったのか、酒の為に出た大げさな嘘だったのかはわからない。裕太本人も次の日にはこの話をしたこと自体を忘れていたのだ。
こんな話をさも自慢気に語ってくる男はどうかと思うが、それを大した問題ではないと思って舞はなにも言わないでいた。子供みたいなところから、無意識の内に目を背けようとしていたのかもしれない。
あの頃、もっと自分がしっかりしていたらなにか違っただろうか。
ここ最近なぜこの人と結婚したのだろうと本気で考えるようになっていた。
「あーあ」
朝の家事もまだ済んでいないのに舞はリビングのテーブルに突っ伏して落ち込んでいた。
今朝ゴミ捨てに行った時にしのぶの夫と遭遇した。片手にゴミ袋を持ち、少し照れた様子で「ゴミ出しは僕の担当なんですよ。妻にはいつも支えてもらっているから、これくらいはしなきゃと思って」と言っていた。
彼はよく仕事へ行くついでにゴミ捨てをしており、そんな些細な気遣いすら羨ましいと感じる。裕太が舞の代わりにゴミを出してきてくれたことなんて一度もない。
舞はしのぶが苦手だったが、彼女の夫は少しばかり好ましく感じていた。
裕太の声はいつもイライラしているのに、あの人の声は優しくて、裕太にはない大人の余裕を感じられる。二人とも年齢はそう変わらないはずなのに。
なぜ自分はああいう人を選ばなかったのだろうか。
いつかしのぶに子供が生まれたら、彼はいい父親になることだろう。
「もう、ダメね私ったら」
今ひどくやましいことを考えてしまった。
一瞬だが、彼女からあの人を奪い取りたいという気持ちになってしまったのだ。
馬鹿げた考えを頭から振り払い、舞は家事の続きに取り掛かった。
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