2 招待

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2 招待

 やっぱり今日ここへ来るべきではなかった。  部屋のおしゃれなインテリアを眺めながら、舞は心からそう感じていた。  中学の同級生であるしのぶが隣の部屋に引っ越してきたのはつい先週のことだ。 「久しぶりに会えたんだもの、せっかくだから晩御飯食べに来てよ」  ぜひ手料理をご馳走したいのだと言って、しのぶは舞一家を夕食に誘ってきた。最初は断ろうと思ったけれど、舞の悩みに夫は不思議そうな顔をした。 「なんで? せっかく料理作ってくれるって言ってるんだから、お言葉に甘えればいいじゃん」  彼は相手の好意を受け入れたわけではない。単純にケチでせこい性格だから、これをラッキーと考えているのだとすぐにわかった。舞は勝手に落胆するが、とはいえ確かにこの好意を断るのは気が引ける。  だから家族そろって隣人宅に招かれて来たのだけれど、すぐにその選択を後悔した。 「どうぞ、いいお酒があるの」  うまそうな肉料理と一緒にいかにも値が張りそうなワインを出された。舞には酒の価値なんてよくわからないし、普段から酒を飲む余裕すらない。ただなんとなく生活水準の違いを見せつけられているような気になってしまう。  隣人は話し上手な人で、その妻であるしのぶも気さくに話しかけてくる。  酒が入っているせいか、それともしのぶに優しくされているせいか、裕太は家にいる時とは違って饒舌になっていた。 「うちの嫁ってこんなんなのにさ、成瀬さんが羨ましいっすよ」  鼻の下を伸ばしながら言う夫にも、隣人夫婦のこともなんだか気に入らない。  成瀬の方がいい会社に勤めていると聞いて裕太はこびへつらうような態度になっていたが、舞としては昔馬鹿にしていたしのぶが、条件のいい相手と結婚したことを自慢しているように見えた。  もしかしたら、マウントを取られているのかもしれない。  だって中学の頃、しのぶとはさほど仲のいい方ではなかった。彼女の友人関係について全然知らなかったし、興味もなかった。  それこそ先日再会するまでしのぶのことなんて記憶から抜け落ちていたくらいだ。不思議なことに彼女が名乗ってからすぐに当時の記憶がするするとよみがえってきたのだけれど。  舞は中学を卒業した後、すぐに地元から離れた高校に入学して寮生活を始めた。当時の知り合いとは顔を会わす機会がなく、しのぶの方もみんなとは違う高校へ行ったと記憶している。他の同級生とは成人式で一度会ったけれど、その場にしのぶはいなかったし彼女の話も出なかった。  舞としのぶの関係はしょせんその程度でしかない。  だからしのぶが、まるで一生涯の親友のように接してくるのがなんとなく不気味に思えてしまう。  そんな風に思うのは自分の自意識が過剰なだけだろうか。  馬鹿にしていた同級生が幸せそうなのが悔しくて、被害妄想を感じているのだろうか。 「おいどうした太一、全然食べてないじゃないか」  裕太の指摘を耳にして、舞も隣に座っている息子の様子に気が付いた。  いつもはもっと健康的な顔色をしているはずの太一が、今は白い顔をして俯いている。目の前にある食事にもほとんど手を付けた様子はなくて、縋るように小さな手にフォークを握りしめているだけだった。
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