2 招待

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 向かいの席からしのぶが食事の手を止めて訊ねてきた。 「もしかして、なにか苦手な物でも入っていた?」 「そ、そんなはずないわよ。ね、太一」  けれど太一は答えない。  苦手な物があったわけではない。息子にはアレルギーもないし、むしろアレルギーがあったらそれを理由にここへ来るのを断っただろう。  気のせいか太一はなにか怖がっているようだ。 「太一くん大丈夫?」  おもむろにしのぶが席を立ち、太一の様子を見に来た。  けれど彼女に顔を覗き込まれた途端、太一はわっと泣き出してテーブルの上の食器を床にぶちまけてしまう。料理は飛び散り、高価そうな皿が音を立てて割れ、破片が床に散らばる。 「おい、なにやっている!」  裕太に怒鳴り声を浴びせられて太一は一層激しく泣きわめいた。けれど裕太が手を出すより先に成瀬が止めに入ってくる。 「いいんですよ、そう怒らないであげてください」 「きっとどこか具合が悪かったのね」  隣人夫婦は優しく言って、太一の散らかした食器を片付けていく。  舞も慌てて手伝おうとするが「大丈夫だから座っていて」と言われて、かえっておろおろしてしまう。  いたたまれなくなって、舞達はその後すぐに帰ってきた。  相手は気にしていないと言ってくれたが、こちらはそうもいかない。夫は不機嫌になるし、太一はさっきから舞にぎゅっと抱き着いて震えている。 「ねえ太一、どうしてあんなことしたの?」  舞はぐずり続ける息子をあやした。  太一はめそめそしたままで、舞の方が泣きたくなってくる。それでも辛抱強くあやしていると、ようやくのことで息子は口を開いた。 「だって、怖かったんだもん」 「怖いって?」 「あのお姉さん、変だよ」  鼻をすすって言う息子に、舞は困惑する。 「変ってどこが変なの?」 「だって、だって、変だもん」  それからまた太一はぐずり出す。  なにか漠然とした恐怖を感じているのは理解できたけれど、不明瞭な答えしか返ってこない。こんな状態の息子を叱りつけるわけにもいかないし、どうすればいいのかわからず途方に暮れてしまう。  けれどなんとなく、息子の反応を見て腑に落ちている自分がいた。  なぜかはわからないが隣人夫婦、特にしのぶに対してうすら寒いものを感じていたのだ。  そういえばずっと頭の中で引っかかっているものがある。  彼女について、なにか大切なことを忘れている気がするのだ。  けれどそれがなんなのかは、わからなかった。
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