175人が本棚に入れています
本棚に追加
/57ページ
向かいの席からしのぶが食事の手を止めて訊ねてきた。
「もしかして、なにか苦手な物でも入っていた?」
「そ、そんなはずないわよ。ね、太一」
けれど太一は答えない。
苦手な物があったわけではない。息子にはアレルギーもないし、むしろアレルギーがあったらそれを理由にここへ来るのを断っただろう。
気のせいか太一はなにか怖がっているようだ。
「太一くん大丈夫?」
おもむろにしのぶが席を立ち、太一の様子を見に来た。
けれど彼女に顔を覗き込まれた途端、太一はわっと泣き出してテーブルの上の食器を床にぶちまけてしまう。料理は飛び散り、高価そうな皿が音を立てて割れ、破片が床に散らばる。
「おい、なにやっている!」
裕太に怒鳴り声を浴びせられて太一は一層激しく泣きわめいた。けれど裕太が手を出すより先に成瀬が止めに入ってくる。
「いいんですよ、そう怒らないであげてください」
「きっとどこか具合が悪かったのね」
隣人夫婦は優しく言って、太一の散らかした食器を片付けていく。
舞も慌てて手伝おうとするが「大丈夫だから座っていて」と言われて、かえっておろおろしてしまう。
いたたまれなくなって、舞達はその後すぐに帰ってきた。
相手は気にしていないと言ってくれたが、こちらはそうもいかない。夫は不機嫌になるし、太一はさっきから舞にぎゅっと抱き着いて震えている。
「ねえ太一、どうしてあんなことしたの?」
舞はぐずり続ける息子をあやした。
太一はめそめそしたままで、舞の方が泣きたくなってくる。それでも辛抱強くあやしていると、ようやくのことで息子は口を開いた。
「だって、怖かったんだもん」
「怖いって?」
「あのお姉さん、変だよ」
鼻をすすって言う息子に、舞は困惑する。
「変ってどこが変なの?」
「だって、だって、変だもん」
それからまた太一はぐずり出す。
なにか漠然とした恐怖を感じているのは理解できたけれど、不明瞭な答えしか返ってこない。こんな状態の息子を叱りつけるわけにもいかないし、どうすればいいのかわからず途方に暮れてしまう。
けれどなんとなく、息子の反応を見て腑に落ちている自分がいた。
なぜかはわからないが隣人夫婦、特にしのぶに対してうすら寒いものを感じていたのだ。
そういえばずっと頭の中で引っかかっているものがある。
彼女について、なにか大切なことを忘れている気がするのだ。
けれどそれがなんなのかは、わからなかった。
最初のコメントを投稿しよう!