3 不満

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 隣人夫婦の存在に、舞はモヤモヤとした気持ちになっていた。  夫の方は常に身なりが良くて品性もあり、いかにもできる男といった感じだったし、妻のしのぶは上品で礼儀正しく、美しかった。けれどなんとなくこの二人、特にしのぶには近寄り難い雰囲気がある。  他の住民も同じものを感じているようだが、それでもしのぶは人の目を惹きつける魅力を持っていた。 「あなたって成瀬さんの奥さんと同級生なのでしょう? あの人の方がずっと若く見えるのね」  先日、同じマンションに暮らしている婦人にそう言われた。その時はなんとか愛想笑いを浮かべて誤魔化したが、内心では少し嫌な気持ちになっていた。  相手も悪気があって言っているわけではないのだが、やっぱり落ち込んでしまう。  だってそれは舞自身も感じていたことなのだ。  しのぶはもう三十になるはずなのに、二十歳程度にしか見えないほど若々しい。ただ美しいだけではなく、当時にはなかった色気も感じる。  最初に顔を見た時、舞は相手がしのぶだとすぐにはわからなかった。なのに、向こうは十五年ぶりに会う同級生にすぐ気付いた。自分はそんなに昔と変わらないのだろうか。 「はあ」  午後の光が差し込むリビングで、舞は溜息を吐いていた。  これから夕飯の支度をしなければならないのに、なんとなく憂鬱でなにもしたくない。  しのぶが引っ越して来てからずっとそうだ。  いや、この気分は隣人のせいだけではない。  さっきスマホに裕太からのメッセージが届いた。今日も遅くなるらしい。  仕事が忙しいからと本人は言い訳していたが、本当だろうかと疑ってしまう自分がいる。  前に一度夫が浮気をしたことがあった。仕事があると嘘をついて、他の女とホテルへ行っていたのだ。  あの時は心から彼を許せなかったが、それでも裕太は反省して二度とこんなことしないと誓ってくれた。だけど今でも、以前のように夫が別の女と会っているのではと心配してしまう。  頭に浮かんでくるその考えを振り払えないのは、最近彼との関係がうまくいっていないせいだ。  昨夜も、些細なことで喧嘩になってしまった。 「俺は隣んちと違って稼ぎがなくて悪かったな」  昨夜、裕太は不機嫌そうに言っていた。  舞は育児に専念するために専業主婦になったのだが、将来のことも考えて働きに出たいと考えていた。  だがそのことを相談したら、なぜかそんな答えを返されたのだ。 「誰もそんなこと思ってないよ、あなたとお隣さんを比べたわけじゃない」 「なら隣んちを気にしすぎだろ。同級生がエリートと結婚したのが羨ましいって顔に書いてあるじゃねーか」  一番触れられたくないところに触れられてなにも言えなくなる舞に、裕太はあからさまな溜息を吐いた。 「いじめてた相手が幸せそうにしてんのがムカついてんだろ」 「ちょっと!」  心外な言葉にかちんと来た。  彼女にささやかなジェラシーを感じていたのは事実だが、あの当時しのぶをいじめていたわけでも、いじめに加担していたわけでもない。 「女ってほんと怖いよな」 「だから、違うってば」  舞がいくら言っても、裕太はそれ以上聞く耳を持たなかった。  だいたい裕太は自分のことを棚に上げすぎではないか。  まだ付き合い出したばかりの頃、酒に酔った彼が高校時代の話を聞かせてきたことがある。同じ部活の後輩をいじめて学校を辞めさせてしまったのだと、どこか自慢げに語っていたのをよく覚えている。  舞の中にまたイライラとモヤモヤがつのってくる。
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