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「ママぁ」
なんとなく落ち込んでいたら太一がとことことやって来た。さっき昼寝させたばかりなのにもう起きてしまったのか。
悪い夢でも見たのか、目を潤ませてめそめそしている。
「またお化けの夢を見たの?」
太一はこくんと頷いた。
ここ最近、太一は怖い夢を見るそうだ。そういえばしのぶが引っ越して来てからずっとこんな感じだ。なにか関係があるのではと思ってしまうのは、彼女を過剰に意識しているせいだろうか。
しのぶのことを考えて、また嫌な気持ちが渦巻いてくる。
「ママ、どうかしたの?」
顔に出ていたのか、太一がおずおずと聞いてきた。
「なんでもないわよ」
「でも」
「もう、いいから!」
怒鳴ってからハッとした。太一は今にも泣き出してしまいそうだ。
「ごめん、ごめんね太一!」
いくら苛ついているとはいえ、子供にあたるなんて最悪だ。
俄然落ち込んでしまいながらも舞は目の前の小さな体を抱きしめた。
「ごめんね、ママのこと心配してくれたのね。太一は優しいね」
あやしている内に安心したのか、太一がうとうとしだしたので奥へ連れて行ってもう一度寝かしつけた。
舞は今日何度目かの溜息を吐く。
同級生相手に嫉妬して、夫に苛立ちを感じて、可愛い我が子に八つ当たりしてしまった。
もっと器用にやっていけると思っていたのに、なんて情けないのだろうと自分で自分を追い詰めてしまう。
きっとしのぶが幸せなのも今だけで、いずれ子供が出来れば苦労するはずだ。なんてらちのないことも考えてみるが、余計に惨めになるだけだった。
そもそもなぜここまで、しのぶのことが引っかかるのか。
心のどこかに「昔はあんな子だったくせに」と考えている嫌な自分がいるのは自覚している。
だけどそれだけではない気がした。
確かに彼女は変わったが、昔とはもっと根本的な『なにか』が違うように感じるのだ。
それに同級生のはずなのに、彼女と話すととても緊張してしまう。舞にはなぜか、しのぶがとても遠い世界の人のように思えた。
「もう、こんなんじゃダメね」
今更昔のことを考えても無意味だ。
むしろこうやって彼女のネガティブな過去を思い返しては自分を慰めようとしているようで、かえって虚しさを感じる。
しのぶはもうあの頃と違うのだから、自分も大人にならなければ。
舞は自分に言い聞かせて家事に取り掛かることにした。
けれどやはり舞の中の汚い部分が、彼女を少しでも下に見たいという気持ちを働かせていたのだろう。
舞はそれから数日後に、しのぶが知らない男とひそかに会っているという噂を耳にしてしまうのだった。
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