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4 目撃
中学生の頃、一度だけしのぶと一緒に帰ったことがある。
途中までの帰り道は同じなのだが、二人はさほど仲がいいわけでもないから一緒に帰ることなんてなかった。
だからその日、しのぶを誘ったのは舞のちょっとした気まぐれだった。ちょうど舞が仲良くしていた子が休みだったのもあり、彼女と二人で並んで帰ったのだ。
「私ね、悪魔に会ったことがあるの」
道の途中でしのぶが呟いた言葉に、舞は首を傾げた。
「そうなの?」
その言葉を信じていないくせに聞き返すと、話を聞いてもらえて嬉しかったのか、しのぶはそこから先も饒舌に語り続けた。霊感があるだとか、いろんな場所で幽霊を見るだとか。しのぶの話に舞はひそかに呆れていた。
「悪魔と幽霊って違うんじゃないの?」
そう聞くと、本人はどう答えたらいいのかわからないという顔になった。
「それは、確かにそうなんだけど。でも本当なんだよ」
もごもごと言うしのぶに、「そっか、すごいね」なんて当たり障りのない返事をした。
しのぶが本気でそういう存在を信じているのかどうかはわからなかった。たぶん自分に特徴がないのが嫌だから、霊感があると言い張って自身を慰めようとしていたのだろう。あるいはただ、思い込みが激しいだけなのか。
どちらにしろ舞は彼女を気味悪く思っていた。
あれから十五年経った今、しのぶは見違えるほど美しくなり、結婚して幸せに暮らしているのだから世の中なにがあるかわからない。
そんな恵まれた彼女が不倫をしていると聞いた時、なぜか舞は少しばかりわくわくした気持ちになったのだ。
「それ、本当なんですか?」
ある日の午後、スーパーへ買い物に行こうとした舞はマンションの前で数人の主婦が立ち話をしているところに居合わせた。
わくわくした気持ちを悟られないようにそれとなく聞くと、わざとらしく声を潜める素振りをしながら、舞より少し年上の女性は目を輝かせて語り出した。
「先日の夜ね、あの人が一人で出かけているのを見たのよ」
女性の話によると、綺麗に着飾ったしのぶが若い男と待ち合わせをしている現場を見てしまったそうだ。二人は仲睦まじい様子で、腕を組んで歩いて行ったらしい。
「でも、だからって浮気とは限りませんよね。ホテル街だったわけでもないんでしょう」
舞は庇うようなことを言ったが、内心ではこの話を楽しんでいた。
「あたしだってあの人がそんなことするなんて考えたくもないけどさ」
そう言いつつ、そうだったら面白いのにという気持ちが言葉の節々に現れている。周囲の婦人達も楽しそうに、しのぶに関してあることないことを口々に言い合った。
「どうかなさったのですか?」
鈴のような澄んだ声に肩が跳ね上がる。
いつの間にかすぐ傍にしのぶが立っており、可愛らしく小首をかしげながらこちらを見ていた。
周りの婦人達は居心地が悪そうな様子で「洗濯物が」「買い物が」とか行って散り散りになっていき、その場から逃げ遅れてしまった舞は怖々としのぶの方へ視線をやった。
「なんの話をしていたの?」
「な、なんでもないの。大した話じゃなく」
困ったなと思いつつ慌てて誤魔化しの言葉を考える。
「子供の話をしてたの」
「ふうん、そう」
それは咄嗟の言い訳だったけれど、これ以上話を続ける気はないらしく「それじゃあね」と言ってしのぶは去っていく。
肩から力が抜け、舞は胸をなでおろす。
今の噂話がしのぶ本人の耳に入ったらと思うとゾッとする。
だいたいあんな話眉唾物ではないか。それに本当に彼女が誰かと会っていたとして、それが不倫相手だとは限らない。ただの友人や知人なのかもしれないのだ。
頭ではそう思いつつ、実際のところはどうなのか知りたいと思った。もちろん罪悪感はあったが、確かめてみたいという気持ちにあらがえなかった。
しのぶはなかなか隙を見せないが、どこかにほころびがあるはずだと心の奥で期待していた。
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