思い出

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思い出

父は胃癌で亡くなった 10年も前の話だ 働き詰めに働いて よく効く市販の胃薬で痛みを誤魔化し続け 病院を嫌って 食べ物を食べても吐いてしまうようになるまで、 診察に行かなかった 胃カメラ検査の映像は 胃の入口までびっしりと癌が埋めつくしていた 余命半年と宣告されて その通り 半年の闘病生活で 逝った ある日の夕方の病室 まどろむ父の隣で 声を殺して泣いていた私 なぜ病室は あんなにも明るく清潔なのに 重苦しい空気に満たされているのだろう 堪えても堪えても 涙がこぼれた 寝ていたはずの父が 「今日はお前が来てくれたから、さびしくないよ」 と言った 10年も前のことなのに 記憶がどうしても古びない 父の声 父の顔 父のか細い体 まだ生きたいと願っていた父 それなのに 穏やかに眠るように 天に召された父 思い出が 数珠繋ぎになって溢れてくる 昨日の夕食よりも 鮮明な記憶だ 青空の美しい日は なおさらにそうだ 夏の青空のような人だったから 美しい空を見ると 思い出すのだろう
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