四十一

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 師団長を先頭に、皇帝、侍女そして補佐官が続く。狭い階段を駆けのぼり、鹵獲したナイフを片手に構え見張りの兵士を殴り倒す。皇帝の赤い剣と、補佐官の炎の魔法の支援を受けて、脱獄に気づかれる事無く突き進む。  四人は目的の階へと辿り着くと、皇帝の魔法によって牢の扉を解放した。 「無事か。お前たち」  言いながら、気絶したままのサキュバスを助け起こす。顔をあげるマスターに侍女が急いで駆け寄ると、清潔な布と消毒液を取り出した。 「陛下、お役に立てず申し訳ございません」  サキュバスが細く目を開ける。そして皇帝へと手を伸ばす。皇帝はその手を強く握り締めた。 「お前は充分よくやった。紫ランクの勇者を使うと、考慮しなかった私の落ち度だ。生きているだけでも上出来だ」  こっちにも応急処置を、と言って侍女を呼ぶ。サキュバスの傍に侍女がしゃがめば、髪留めを解いて見せた。 「アナタにも謝らねばなりません。大切な髪留めをうっかり壊してしましました」 「動かないでください。今は怪我の治療が先ですから」  侍女はサキュバスの怪我に応急処置を施していく。サキュバスの折れた腕に拾った剣を宛がう。 「壊れてしまった物は仕方ありません。陛下と、そしてアナタが無事なのですから。きっとアナタが陛下を。このお守りがアナタを守ってくれたのでしょう」  剣の上から包帯を巻き、強く結んで固定する。清潔な布を取り出すと、腕を包み込み、首の後ろへ通して長さを合わせて結んだ。 「さぁ、もう大丈夫です。立てますか」  髪留めを預かりサキュバスを立たせる。壊れた髪留めを一旦口で咥えると、サキュバスの髪を手早く纏めて留めた。 「ありがとうございます。アナタには頭が上がりません」 「気になさらないでください。これも陛下の為ですから。さぁ、陛下も。こちらへいらしてください。お手当ていたします」  必要ない、と言いかけた皇帝を侍女が捕まえる。動かないで下さいね、と言って消毒液を布に染み込ませ傷口を丁寧に拭う。予想したよりひと回り強い痛みを前に、皇帝は眉をしかめて侍女の手を押して遠ざけた。 「なりませんよ、陛下。傷口は綺麗にしなければ」 「わかっておる。だがな」 「あら陛下。痛いのが我慢できぬほど子どもでは無いと思っておりましたが。もし我慢できぬのなら、そのままに致しますが」 「少しばかり冷たかっただけだ。さっさと済ませんか!」  わかりました、と言いながら侍女は笑う。歯を食いしばり懸命に我慢する皇帝の傷を綺麗にすると、薬草を揉んで傷口に当て、包帯を巻いて固定した。 「全てが終わりましたらお医者様にも診てもらいましょう。大丈夫ですよ。すぐに良くなりますからね」  包帯に軽く触れる。弱すぎず、強すぎず。適度な強さで固定されている。皇帝は包帯から手を離すと、サキュバスを見ながら言った。 「師団長の武器が要る。オリハルコン製の武器を出せるか」 「申し訳ありませんが、今の私では魔力が低くて。通常の武具なら出せますが」  皇帝は師団長を見る。師団長はサキュバスの傍に進み出ると、皇帝に代わって言った。 「ならば、なるべく頑丈な片手剣をお願いします。刃が欠けにくく、それでいて重量があり破壊力が高いものを」 「でしたらチタンの刃に、鉛を含めた剣に致しましょう。チタンは軽量な金属ですが、鉛を含めることにより重量を増加します。それにしてもアナタと陛下は仲がよろしいのですね」 「初めまして、元第七師団長です。見たところ、アナタはサキュバスですね」 「えぇ。訳あって陛下と共に行動しております。さぁ、どうぞ。振ってみて下さい」  剣を出し、師団長に渡す。ヤスリにも似た滑り止めに、装飾の無い鍔と刀身に松明の火が映り込む。師団長は倒した兵士からグローブを取ると、両手に着けて剣を構える。  左、右へと片手で払い、両手に持ち替え突きを放つ。そのまま身体を捻り、一回転し全方向へと切り払う。剣を片手に持ち替えると、鞘に納めるフリをした。 「良い剣です。鞘もお願いできますか」  金属の鞘を受け取る。兵士の腰から万能ベルトを取って、自らの腰に巻き付ける。鞘を取りつけ位置を合わせれば、今度こそ剣を鞘に納めた。 「師団長、アナタが居ると陛下の心が温かくなるようです。そしてアナタも。陛下が居ると心が温かくなるようですね」 「いったい何の話でしょう。私と陛下は主と兵士。主従の関係に過ぎません。陛下が無事で安堵した故に、そう感じ取られるのでしょう」 「では、そういうことにしておきますね」  強まる感情に気づきながらもサキュバスは笑う。  皇帝と補佐官とマスターの三人は頭を寄せ合い話していたが、やがて師団長とサキュバスの元へと来ると腕を組みながら言った。 「お前たち。ドッペルゲンガーに惑わされず私の元に集ったこと、心より嬉しく思う。中には互いに憎い相手も居るであろうが、怒りの矛を胸に納め、理性によって動く時だ。奴を守るのは水の勇者、レインだ。圧倒的な魔力、類い稀なるパワー、極めて重厚な装甲、正確無比な剣捌き、何事にも動じぬ精神と、雷の勇者に次ぐ猛者だ。補佐官とマスターと策をいくつか考えたが、レインが相手ではいずれも成功の見込みがない。そこで最も危険ではあるが、最も成功の可能性が高い策を取る事とした。それは小細工無しの正面突破だ」  師団長、補佐官、マスター、サキュバス、侍女の顔を順に見る。彼らの表情は一つとして変わら無い中、皇帝は言葉を続けた。 「言わんとすることは理解できる。だがレインは一人だ。いくら紫ランクとて、同時多発的攻撃には対応しきれんはずだ。何としてもレインを突破しドッペルゲンガーを討つ」  外套を翻して背を向ける。肩越しにふり返ると、明瞭な口調で言った。 「ついて来い。未来の為に。帝国を取り戻す!」
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