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一
「陛下! 陛下は居らぬか!」
長く続く回廊に声が響く。いつものように良く晴れた日で、空は青く澄んでいる。雲より高い高山故に、天気は非常に移ろいやすいが、その分晴れの日も多い。
「陛下! どちらにいらっしゃるのですか!」
ここでもない、こっちでもないと、扉を次々と開ける。応接室に、食堂に、果ては侍女の更衣室まで、探してみたが居なかった。
「如何なされた、防衛大臣殿」
そう言って、現れたのは執政補佐官だった。
「如何も何も、国防に関わる緊急事態だ! 大至急皇帝陛下にお目通りしたい」
「大至急とあらば、この私が言伝いたしましょう」
「ならぬ! 責任もってこの私が直接お耳にお入れしたいのだ。答えよ! 陛下はいずこか!」
あまりの剣幕に執政補佐官は苦笑いする。そしてため息をつくと、此方です、と背を向けた。回廊からコンコースへ出て螺旋階段を登る。重厚な城内であっても窓は多く、光を多分に取り入れている。やがて塔の最上階に達すると、補佐官は小部屋の扉を開けた。
「陛下がかような場所に居るはずが無かろう! 貴様、この帝国の大事だと言うのに、この私を愚弄する気か!」
まぁまぁ、そんなに怒らないで下さいよ。と言いながら、補佐官は屋根裏に続く梯子を掴む。木の音を酷く軋ませながら、屋根裏へと消えた。
防衛大臣は自分も一緒に行くべきか、と迷っていると、補佐官の声が聞えてきた。
「防衛大臣殿、早く上がってきてください。お急ぎなのでしょう」
怒りに身を焦がしながら、防衛大臣は梯子を握る。震える脚で慎重に、だが、補佐官を激しく口で罵倒しながら梯子を一段一段登る。
案の定、屋根裏は埃っぽくてうす暗かった。梁の上を歩いていく補佐官を見つけ、更に声を荒げる。だが彼は、困ったような笑みを浮かべるばかりで、罵倒を軽く受け流す。
薄い天井を破らぬように、梁の上を伝い歩く。補佐官は天窓を一つ押し開けると、苦労しながらもよじ登る。
ただでさえ慣れない梁の上なのに、更に上に行くなんてと、卒倒しそうになりながらも、責務と怒りだけを頼りに、やっとのことで窓に登った。
「陛下、防衛大臣が大至急お耳に入れたい事があるそうです」
見渡す限りの青だった。雲の一つも無い空は、ほんのりとした黄色味を帯びて、綺麗なグラデーションとなっている。ただでさえ風が強い気候だが、塔の屋根の上は息苦しくなるほど強かった。
「此方においででしたか」
急勾配の屋根に、胡坐を掻いて座る少女の後ろ姿があった。防衛大臣は這いつくばるようにしながら、強い風の中声を張り上げる。
「陛下、大至急お耳に入れたいことがございます」
すり鉢状の一番低い位置にある城からは、全方向に街が広がっているのが分かる。南北に伸びる巨大な山脈にある、一際大きなカルデラをそのまま都市に利用しており、街の更に外側には高山植物の花畑が広がっている。
少女は振り向くような事もせず、ただ黙って座り込んでいた。
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