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-日-
小野宮 誠十(おのみや まこと)
伊勢 哉汰(いせ なりた)
小野宮誠十は彼女をフった。
人生で何度も繰り返したことだった。いつものように嫌いになったわけではないのに、それでも好きには戻れなくて、そのまま付き合い続けることは荷が重くて、フった。何が原因か分からない。
「ごめん。なんか、もう良くって…」
今まで以上に中身の無い、ひどく冷たい言い方だったと思う。後で思い出して何度も後悔した。帰り際に振り返った元カノの、泣いた顔が…忘れ……。ああ、そうだ。何が原因か分からないだ?違う、そんなわけない。分かっているはずだ。原因は昨日の、幼馴染みの男。
「なぁ、はよ来んと、もう始まるで」
「おう、待って。今メロンソーダか白桃ジュースか迷ってっから」
「白桃ジュースに決まっとるやろそんなん。俺がメロンソーダ買うてんか。欲しかったらあげるて」
「あ、それ助かる」
映画館。外国映画の吹き替え版を観に来た。好きなシリーズの第三弾だったし、グッズが欲しくて前売り券を買っていたのだ。伊勢と一緒に。
メロンソーダと白桃ジュースを座席の真ん中に置いて、共有して飲む。こういう時ありがたいと思うのだ。この、幼馴染みは。優柔不断な小野宮に代わって即座に折衷案なんかを考えてくれる。
あれは、そう。映画が終盤に差し掛かった時だ。組み込まれた伏線と繋がる感動要素が盛り込まれていた。
ズビ、と。鼻を啜る音がした。隣から。右は伊勢のはずだ。気になってしまう。それはもう仕方ない。静かに、バレない程度に目線を横に流して、音の正体を盗み見た。
息を、飲んだ。危うく美しい、と、声が漏れるところだった。その男は、泣いていた。勿論小野宮だってジーンときた。でも幼馴染みに比べると涙腺はカッチリ閉まっている。いや、こいつが涙もろいのか。とにかく伊勢が小野宮より泣き虫なのは小さい頃から知っている。ただ、最近そんな顔を見ていなかったのも事実だ。いつから泣かなくなっただろう。そんなことに意識が行く。しかし本当に、その静かに涙を流す様は、言い表せないほど美しいと思った。
「いや感動したな。泣いてもうた〜」
「あぁ」
「あん時から繋がっとったとか伏線えぐない??」
「そうだな」
「何やねん。おもんなかった?わけ無いよな」
「うん。面白かった」
「なんよもう。なんで俺ばっか見てんねん。おーい、話聞いてますかー?」
「うん、聞いてる」
「でも俺で良かったん?それこそ彼女ちゃんと行った方がえんちゃうん?」
「いや」
きっぱりと、ここは力強く、小野宮は言い放った。
「お前で、良かった」
あんな顔見れるなんて儲けもんだ。気分は上々。ただ残念ながらこれが元で、彼女と別れることになった。
思い出す。何度でも。目に焼き付いて頭に染み込んだあの泣き顔を。何度でも愛でたいと。
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