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拍手喝采の雨が俺に降り注ぐ。
魔法が解け、終わりの時間を告げる。
花束が投げられ、一つ一つ拾っていく。
大量の花を抱え、控室に入る。
「お疲れ様、 。今日も大成功だ」
あの人の心から聞こえているのは、不協和音だ。
隣り合った鍵盤はどれだけ頑張ってもきれいに響かない。
それを誰よりも分かっているはずなのに、何で生きていられるんだ。
何で破綻しないんだよ。
今にも壊れそうになっている、俺の方がおかしいってのか?
「このままいけば、全国ツアーも夢じゃないかもね?」
この人はとんでもない矛盾を抱えて生きている。
悪魔なのに、天使であろうとしている。
その善意は見せかけのはずなのに、悪意はまるで感じない。
何なんだよ、この人。
何で気づかないんだ。誰も。
こんなにも、おかしい音が聞こえているのに。
初めて出会ったあの日からずっと、その違和感はあった。
音同士が噛み合っていないことを理解したのは、音楽を勉強してからだ。
その違和感は、昔から何一つ変わっちゃいない。
むしろ、どんどんひどくなってる。
今もこうやって俺の名前を呼んで、笑顔を向けている。
新たなステージを上っていく姿を見て、誰よりも嬉しそうにしている。
ピアノを弾く俺のことを見てきたのもこの人だし、その才能を見つけたのもこの人だ。人を見る眼は狂っていない。いつでも本気で俺を助けてくれた。
「……何か調子悪そうだけど、大丈夫?」
だけど、その頭の中で何を考えてるか、分かったもんじゃない。
「いや、平気だ。ちょっとめまいがしただけ」
駆け寄る前に、ゆっくりと立ち上がる。
俺の音じゃ、救えないってのかよ。
奏でるメロディも繋いだハーモニーも届いているはずなのに、空を切ってばかりだ。どうしたら、この人を救えるんだ。
子どもの頃は分かってくれると思っていたんだけどな。
この人から聞こえてくる音をそのまま弾いてみたりもしたし、何度も聞かせたりした。俺はただ、その矛盾に気づいてほしかっただけなのに。
そのたびに、この人は悲しそうに笑うだけだった。
矛盾しているのが自分でも分かっているからなのか、それとも俺がふざけているようにしか見えなかったからか。
あの時の笑顔の意味は、今でも分からない。
けど、その笑顔を見たくないと思ったのは確かだ。
あんな表情をさせちゃいけないって、思ったんだ。
だから、壊れかけようと動き続ける。
俺がいることで、何かが変わる気がするから。
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