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「何故そんなことを。年齢などはどうでもよい。姫様と私は前世に何かの縁があったのだと信じるくらいに……私は姫様のことが忘れられないのです」
源氏の君の眼差しは真面目そのものでした。
姫様は祖母を恋しがって泣きながら横になっていましたが、遊び相手の子どもが、
「直衣を着た方がいらっしゃってますよ。きっと宮様でしょう」
と声を掛けたので急に起き上がって、
「直衣を着たかたってお父様でしょう? どちらにいらっしゃるの?」
と言いながら乳母の傍へ来ました。
「こちらへいらっしゃい」
その声が父の宮ではなく源氏の君であることがすぐにわかったので、姫君は子ども心にはっとしましたが、御簾から顔を覗かせ、泣き腫らした目をごまかすように言うのです。
「眠いのですもの」
この無邪気なひとが可愛くてなりません。
「私の膝の上へ寝たらいいでしょう」
すぐに傍に寄ってくる姫君に、
「人が少なくて広い家はお寂しいでしょうから、私が宿直をしましょう」
と微笑みました。
そして自身の家に面白い絵があることや、おいでになったら雛遊びばかりしていましょうなどと気を引くようなことばかりを話しました。
それからは毎日、日が暮れると惟光を泊まり番に遣わせていました。
ある夜は左大臣家に行きましたが、北の方でありながら葵の上はすぐに対面もしません。仕方なしに琴でも奏でているところへ惟光が来ました。
「姫のところへ行かなかったのか」
と、尋ねますが、惟光は言いにくそうに言葉を濁します。
「参りましてございますが……」
「何か変わったことでも」
「明日、姫様が急に宮様のお邸においでになると言って、着物を縫ったり大騒ぎをしているのです」
源氏の君は残念に思いますが、相手は父親ですから仕方がありません。
そうかといって宮の邸へ行ってわざわざ儀式立ててもらうのも人目を憚り、忘れ去られたように咲く小さい姫君をひとり隠したとて罪にはならないだろうと、今晩のうちに二条院へ攫ってしまおうと考えるのでした。
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