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いつの時代の頃でしょう。
後宮に女御、更衣と多くの妃嬪たちが仕える中で、帝から一際深い寵愛を受けた女性がいました。
その出自も身分も高いわけではない、他の者からすれば取り留めもない女性でした。
その位は中宮、女御に次ぐ更衣。寝起きする御殿によって称すその名は桐壺の更衣と呼ばれていました。
本人の嫋やかで控えめな性質も相まってか、多くの女官の侮蔑を装った嫉妬を一身に集めることは避けられません。
更衣よりも位の高い女性からはもちろん、以下の女性からの嫉妬は甚だしいもので、心で留め置くだけならまだしもあからさまな嫌がらせを受けることが日常となっていましたから、彼女は苦しく悲しい日々を宮中で送っていました。
元来、荒れ地でも美しく咲く一輪の花のように、黙って風雨困難を受け止め、決して他人を責めず蔑まず、ただひたすらに物思いばかりする女性でしたから、いつしか病み衰え、臥せっている日が多くなりました。
帝はまだ二十になるやならずの青年でした。
熱に浮かされたような恋は、喩え百官から非難を受けようとも留めることなどできなかったのです。
それ程に帝にとっての彼女は、夜に求めて掻き抱いても朝には腕から消えてしまいそうな、切ない程に求めても擦り抜けてどこかへ行ってしまいそうな、霞のように捉え難い、初めての浅き夢、儚い一条の月光でした。
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