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再会
勇者オルティンが出発してから、およそ二週間の月日が流れた。
「やっとついた。あれが神官の言ってた最西の町だな…」
あと少しで街の入り口に差し掛かるところで、オルティンは坂の上に誰かが佇んでいる事に気が付いた。
その誰かはオルティンの事を見定めると、自分から近づいてきた。
「お待ちしておりました。勇者様」
神職の装いをしたその誰かは声音で女だと分かった。恐らくオルティンよりも若干若い。確信が持てなかったのは高尚なミトラを目深く被っていたからで、顔の全貌が見えなかったのだ。それでも身に纏う装束から、只者ではない事は窺い知れた。
「あんたは?」
「教皇様の直々の使いで、エムーラと申します。新たなお告げを授かりましたので、それを伝えるべく参上仕りました」
エムーラと名乗った少女は会釈程度に頭を下げた。だがミトラの背が高いので、深々と礼をした印象を受ける。
「新たなお告げ?」
「はい。曰く『最西のにて勇者の所縁を尋ねよ』とのことでした」
「所縁? と言っても俺はこの街に初めて来たんだ」
「私共もあれこれと調べましたところ、勇者様を知る人物をこの街のとある酒場にて見つけたのです」
「俺を知っている奴が?」
一体誰だ?
自慢じゃな無いが、この世界での交友関係は高が知れているし、勇者の噂くらいは流れているかも知れないが、本人を知るはずはない。
そんな事を考えもしたが、同時にここでそんな事を考えても仕方がないという気持ちにもなった。そして不審さを払拭するように自分を鼓舞した。
「ま、あれこれと探して歩くより、目的地がはっきりしてんだからラッキーだ」
「頼もしいお言葉でございます」
そう言ってエムーラは、件の酒場までのルートが記された地図を差し出してきたのだった。
◇
エムーラに背中を見送られながら、オルティンは地図を片手に酒場を目指す。昼日中の港町は、あちらこちらから空腹を刺激するような料理の香りが立ち込めている。
「ここか。丁度昼時だし、酒場が目的地ってのは嬉しいけど…」
その誘惑に抗いながら何とか目的の酒場に辿り着くが、その店は他の店舗と一線を画していた。昼食時なのに客の気配がないことも気になったが、それよりもオルティンの目の中に強烈に入ってきたのは店の外見だった。
「酒場っていうより、居酒屋じゃん」
…しかも限りなく○貴族に似ていた。
ふと見れば、象形文字のような魚を頭に『魚貴族』と書かれた、異世界でなかったら商標権に引っかかるような看板があった。
オルティンは言い知れぬ嫌な予感を感じつつも、神官のいう事だからとその居酒屋に入ってみた。
「いらっしゃい」
戸の開く音で、店の主人らしい髭面の大男が接客の態度を見せた。やはり広い店内に人はいない。テーブルの上には椅子が逆さまに置いてあるので、営業をしていない事は明らかだったが神官からのメッセージがある手前、そのまま帰るという訳にも行かなかった。
「一人なんだが」
「ごめんね、お客さん。今日は貸し切りの予約が入ってるんだよ」
「貸し切りの予約?」
「ああ」
「おかしいな。神官に言われてきたんだけど」
神官、という単語を出すと大男の目の色が変わった。カウンターから巨体を乗り出して、まじまじと勇者を見つめる。
「え…もしかしてアンタらが噂の勇者なのか?」
「ああ」
「ちょ、ちょっと待っててくれ」
大男は慌てた様子で駆け出すと、階段の下に向かって大きな声を出した。どうやら地下にもスペースがあるらしい。
「おーい。勇者が来たぞー」
その声に反応し、階段を誰かが上がってくる足音が聞こえた。やがて下から味のあるマントを羽織った、見た目にも賢そうな顔つきの優男が上がってきたのである。
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