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「ようこそ。待ってたよ」
優男はまるで旧知の間柄であるかのように、さも親し気に声を掛けてきた。
「あんたは?」
「僕はマルベ。一応は賢者という職についている。神官さんに渡したメッセージ、無事に届いてたんだね」
「俺は勇者オルティンだ。よろしく」
そんな自己紹介がてらの挨拶を交わす。が、賢者マルベは吹き出して、ニヤニヤとした笑い顔を見せてきた。
まさかの反応にオルティンは困惑する。
「くくく」
「何だよ? 人の名前を聞いて笑うってのは失礼じゃないか、賢者殿」
「賢者殿だって笑」
「…ふざけてんのか?」
「そりゃ笑いたくもなるさ」
「あ?」
マルベは人差し指で笑い涙を拭いながら、オルティンに告げる。
「だってお前、小池だろ?」
「…え?」
勇者は、思わず固まってしまった。
どうして知っている。という疑問を投げかける前に、賢者の方から素性を明かしてきた。
「俺は井上だよ。井上新太郎」
その名前に記憶がフラッシュバックする。井上新太郎とは、かつての勇者たちが在籍していたクラスの学級委員長を務めていた男で、常に学年でトップの成績を収めていたばかりか生徒会長までやっていた生徒の名前だ。
「……あの?」
「どのだよwww」
この笑い上戸というか、常に草を生やしたような喋り方はまさに井上のそれだ。頭がいい癖に、どこか俗っぽいので学校でもよく話をしていた。
「え? いや、なんで??」
「お前と一緒に決まってんだろ。生まれ変わったんだよ、この世界に」
「えええ!!!!??」
そう言われしまってはこれ以上の言及できない。自分とて同じ理由でここにいるのだから。
「因みにこっちは笹原だ」
「笹原ぁ!?」
隣に佇む大男を指差しながらの、賢者の突然の暴露に驚きの色を隠さず勇者は応えた。
無理もない。オルティン(小池)の知る笹原はクラスどころか、学年で一、二を争うほどの小柄な生徒だったからだ。
「よう、久しぶり。つってもこっちの世界だと初めましてか」
「すまん。状況が飲み込めん。どういうことだ?」
「どうもこうも、俺もお前も笹原も一度死んでこの世界に生まれ変わったってだけだろ」
「そもそも…えーと、井上はなんで俺達のことが分かったんだ?」
「俺、賢者だからwww」
「賢者のクセにアホそうだな」
「そうでもないって。神のお告げってやつをきいて、魔王を倒そうとしてるお前らの為に色々とやってくれてたんだぜ、井上は」
「そうなのか?」
「もちろんだ」
そう言って親指を立ててきた。こっちの世界じゃ誰にも通用しないジェスチャーだから、妙に新鮮に映る。
賢者はゴソゴソと店のカウンターの裏から何かを持ってきて、勇者へと渡した。
「取りあえずこれ、伝説の剣と盾ね」
「何をさらっと出してくれてんだ」
と言いつつも、勇者はそれを素直に受け取った。いや、頭がきちんと働いていなかったのでつい反射で受け取ってしまった。今ならゴミであっても受け取るような状態だ。
「仲間を募るついでに見つけておいたんだよ」
「仲間?」
「ああ。魔王に挑むのに勇者だけが戦力な訳じゃない。頼りになりそうな奴らに話を付けていたんだ。事情があってまだこれていないのも少しいるが、先に何人か集まってるんだ。この下だよ」
「まあ、そういうことなら」
「その前に、これ書いて」
机の上にはバッジのようなものとペンとが置いてあった。
「なんだこれ?」
「名札だよ。紛らわしくなくていいだろ」
訳も分からずに、勇者は指示されるがままに名札に前世の名前と今の職業とを書いた。
この時のオルティンは、なぜ名札がないと紛らわしくなってしまうのか。なぜ前世の名前を書く必要があるのか、という事に頭が回っていなかった。
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