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昼食の提案は空腹の勇者(小池)にとってみても、魅力的ではあった。しかし、その前にはっきりさせておかなければならないこともある。
「…今、誰が喋った?」
「誰って瀬尾だろ?」
「俺じゃねーよ。長南だよ」
そんなやり取りが、自分たちの下から聞こえてきた。耳を信じて下に目線を送ると、とても可愛らしい犬と不愛想な猫が自分たちをマジマジと見ていた。
「いやいやいや」
「今度は何だよ、小池」
魔法剣士(田部)が、いい加減うんざりしたような声音で聞く。しかし、小池はその程度の事ではツッコミが止まらない。
「犬と猫じゃん」
「そうだけど」
「犬と猫が喋ってんだぞ。てか、え? 瀬尾と長南?」
それぞれの首輪についている名札を見ると、間違いなく犬(長南)と猫(瀬尾)と書いてあった。
「よ」
「一々うるせえな、お前」
「なんで、お前らはそんななんだよ」
「ここまでの流れで分かるだろ。転生したんだよ」
猫(瀬尾)は、不愛想な顔に違うことなくぶっきらぼうな喋りで勇者(小池)に返す。
「だからって、何で猫と犬なんだよ」
「知るか。どうしてかは分からんけど、俺達には選択肢がなかったんだよ。無理矢理に猫にされて転生したんだ」
「にしても、犬と猫はひどいだろ」
そんな事を言うと、再び自分らよりも下の位置から声が聞こえた。
「いや、生き物ってだけでマシだろ」
「え?」
「でも捉えようによっちゃ、オレら死ぬ心配がないから安心じゃね?」
「は?」
まさか他にも動物になった奴が居るのかと、勇者(小池)と魔術師(西村)はキョロキョロと辺りを見回す。しかし、犬(長南)と猫(瀬尾)の他に目立った影はない。
「誰が喋ってんだ?」
「お前が手に持ってんだろwww」
賢者(井上)は笑いながら指差してきた。
「持ってるって…剣と盾?」
指摘すると、剣の柄の部分が口のようにパクパクと動いて声を出した。
「正解」
「うわああああ!!!」
思わぬことに気味が悪くなった勇者(小池)は、その剣と盾を乱暴に放り投げた。それは音を立てながら犬(長南)と猫(瀬尾)の方に飛んでいった。
「あぶねえな。放り投げんな!」
「え、何これ?」
「何と言うか、増田と佐々木だよ。瀬尾と長南みたいに選択肢がないまま剣と盾に自我を移される形で転生したんだってさ」
「はあ?」
賢者(井上)はそう説明した。だが、犬猫ならまだしも、無機物に転生ってどういう事だ…?
「まあ、伝説の勇者と伝説の武器の関係だ。仲良くしてくれ」
放り投げられた痛みがないのは流石無機物といったところで、何を気にするでもなく伝説の剣(増田)と伝説の盾(佐々木)は気さくな挨拶をしてきた。
「じゃあ、とりあえず飯にしよう。笹原が腕によりをかけて作ってくれたから、有難く食べろよ」
「あと、飲み物は各自ドリンクバーから適当にやってくれ」
居酒屋店主(笹原)は、部屋の隅にでかでかと置いてあったドリンクバーを指差した。けれども誰もコップにドリンクを注ぎにはいかない。
なぜ異世界にドリンクバー用のサーバーがあるのか、そしてなぜ誰も注ぎに行かないのか。不審に思いながらも勇者(小池)はドリンクバーに近寄った。
そして、その理由を知る。
ドリンクバーのボタンの横に『(武藤)』と、名札がくっ付けてあったからだ。
三秒ほど立ち止まった末、踵を返し、水を貰いに居酒屋店主(笹原)の元へと向かった。
「おい。誰かドリンク注ぎに来いよ!」
後ろからはそんな怒声が聞こえてきた。
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