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再三
小池(勇者)は、まだまだ聞きたい事と確認したい事とが山積みであったのだが、それでも空腹よりもそれを優先することはできなかった。
居酒屋店主(笹原)の作る料理が頗る美味いのも、それを後押しした。彼は転生した時のボーナスとして、右手からはどんな調味料でも、左手からは唐揚げを無限に生み出すことのできるスキルを所持していた。
醤油、味噌、酢、ウスターソースなどをふんだんに使った懐かしの品々は、皆の日本食やを食べたいという欲求を存分に満たしていった。
店の中には和気藹々とした喋り声と食器のこすれる音とが溢れかえった。
「アレ? 井上(賢者)は?」
「さあ、トイレじゃない?」
ようやく腹が膨れてきたところで、小池(勇者)は色々と質問の続きをしようかと井上(賢者)を探す。しかし、どこを探してもその姿が見つからなかった。
すると、その時である。
上の階で慌ただしい物音が聞こえた。耳を澄ますと必死で勇者を探す、誰かの声が聞こえた。小池(勇者)が階段の傍で、上に向かって声を掛ける。すると誰かが必死の様で、階段をドタバタと駆け降りてきた。
そこにやってきたのは、エムーラであった。やはり目深く被ったミトラのせいで顔の全部は見えなかったが、それでも焦り慄く様子は十分に伝わってきた。
「た、大変です。勇者様!」
「どうしたんです、エムーラさん」
「てか、誰?」
「神官さんだよ。勇者のアシスタントをしてる人」
エムーラの素性を説明する。すると皆、納得した仕草を取った。
「で、どうしたんだ?」
「北の草原に大量の魔物が現れたのです! 徒党を組んで、この街を目指しております」
「何だと?」
「よし。だったら蹴散らしてくるか」
そう言って魔法剣士や格闘家などの戦闘職のメンバーは頼もしくも加勢する意思を見せた。非戦闘職の者も多少は腕に覚えがあるのか、村人であっても取り乱す様子はなかった。
が、その反面、エムーラは一向に落ち着かない。
「む、無茶です。確定した情報ではありませんが、大型や伝説級の魔物の目撃情報もございます」
「大型の魔物?」
「どうかお逃げくださいませ。今は敵わなくとも、生き延びていつか魔王を…」
エムーラの声は次第にか細くなって消えてしまう。魔王討伐という大事の為に、この街を見捨てて逃げろと苦渋の選択を提案しているのだから無理もない。
そんなエムーラに向かって西村(魔術師)は、手を強く握りしめ、同じくらい力強く宣言した。
「心配いらねえよ」
「ああ。ここにいる連中は勇者ほどじゃないが、相当な実力者たちだ」
「連携を取れれば、十二分に戦える」
その言葉に全員が確信と自信とを持って頷く。
「心配すんな。伝説の剣がいるんだぜ」
「盾もいるぞ」
「犬も」
「猫も」
「ドリンクバーも!」
しんっと、静寂が流れた。
「無視すんなよ!」
と、ドリンクバー(武藤)が怒号を飛ばす。それを合図代わりに、ドリンクバー(武藤)を除く全員が戦闘準備を整えて店を飛び出して行った。
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