攻防戦は女湯で巻き起こる

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「じゃあ、私の生きている意味です」  私がそう言うと、禅さんはロボットみたいに真顔で固まってしまった。 「私の生きている意味をください」  右から左に聞き流されてしまったのかと思って、もう一度繰り返す。すると、禅さんは「意味ならあるだろう? ペット、安眠枕、給仕係。ほら、既に三個も存在している」と言いながら指折り数えた。  やっぱり、この人には心が無いのかもしれない。私の人生、おかしなことばかり。どこで道を間違えてしまったのだろう? まあ、道を間違ったのは私だけではない気がするけれど。 「分かりました。もうそれで良いですよ」  今はそれで良いや、と思ってしまった。この人に真面目なことをお願いした私が馬鹿だった。それにしても、私の人権はいずこに消えたのでしょうか。 「待て、探したらまだあるかもしれないぞ?」 「もう良いですよ」  探さないでください、という書き置きを残して私の生きる意味が家出をしているのだから、それ以上は探さないでほしい。私が悪かったのだ。生きる意味なんて自分で探せばいい。  ムッとした顔の私を前に、禅さんが真剣に悩んでいる顔をする。そして、何かを思い付いたような顔をして、そんな彼に私は期待の眼差しを向けた。 「運転手だ。さっさと運転席に座れ」  とんだ期待外れだ。真顔でそんなことを言って退けるなんて。  自分は涼しい顔で扉を開いて禅さんは後部座席に座り、仕方なく運転席に乗り込んだ私に「それは外すな」とだけ言った。サファイアの指輪のことだ。渋々、そう、渋々、ネックレスを直してくれた恩のことを考えて、私は言われた通りにすることにした。  そんな会話をしたのが、一時間前のことだ。  私は今、会社の地下駐車場に一人にされている。禅さんに「ここから出るな、鍵を閉めておけ、変なやつにはついて行くな」と言われ、車の運転席から出ないように頑張っているところだ。まあ、トイレくらいは許されるだろう。  左手の薬指に嵌まった指輪を見ながら、この狭い空間で何をして暇を潰そうか、と思っているときだった。  コンコンッと誰かが運転席側の窓をノックした。
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