攻防戦は女湯で巻き起こる

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「……」  顔の見えない相手が何かを言おうとして、やっぱりやめた気配がした。これは正解かもしれない。 「禅さんのお父様ですよね?」  もう一押しだ、と思って、再度同じことを口にする。 「解放してやれ」  渋い声が指示を出し、私の目隠しと手の拘束が解かれていく。ぼんやりとする視界に映り込んだ最初の人物は私の隣に居た栄さんだった。 「乱暴なことをして、すみません、駒田さん」  即座に控え目な声で謝罪をされた。  恐らくだけれど、禅さんのお父様ということはヤクザのお頭さんなわけで、栄さんの上司になるわけだ。そんな人に栄さんが逆らえるわけがない。 「いえ、栄さんはお仕事でされたんですもんね。仕方ないです」  よく人からお人好しと言われるけれど、好き好んで誰かを傷付けたいわけではない。理由も分かったし、栄さんのことはお咎めなしということにしよう。とても申し訳無さそうだし。  それに比べて、一メートルくらい先に座っている和装で渋いシルバーヘアのおじさまは、とても機嫌が悪そうだ。でも、誰かを傷付けようという気持ちは見られない。  私が変に冷静だった理由はこれだ。向こうから殺意が感じられなかったから。 「はあ……、禅は何故この貧相な小娘と一緒に居る? こんな貧相な小娘との結婚は断じて許さんぞ!」  カッと目を見開いて、お腹から出した声でおじさまが言った。 「なっ! いや、こちらから願い下げなんですけど!」  ――貧相貧相って繰り返さないでいただきたいんですけど! 私だって気にしてるんですから! というか、結婚ってなんですか! 私が認めませんよ!  思わず、強い口調で言い返してしまった。心の中も絶賛大荒れ中だ。そして、分かったことがある。この人は確実に禅さんのお父様だ。この言い方や態度がそっくりなのが証拠である。 「願い下げだと? なら、その指輪はどうした? 禅に貰ったんだろう?」  お父様がグチグチ言いながら、私の指に嵌まっているサファイアの指輪を指差した。 「禅さんが着けていろと言ったんです。私、要らないんです、これ。なんなら、今投げ捨てますよ。ほら、そこの縁側から」  もう自由なのだから、と指輪を外しながら立ち上がり、私は横にあった外の光が映っている障子をスパンと開け放った。思った通り、そこには綺麗な庭と小さな池があった。  ――禅さんの俺様、馬鹿野郎!  大きく振りかぶって、心の中で叫びながら、私は池に向かって指輪を投げ捨てた。手から指輪が離れて行く刹那、視線を感じて横を向いてみると、そこには禅さんが立っていた。
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