攻防戦は女湯で巻き起こる

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 どうして、こんなことになっているのか、廊下を歩きながら考える。  だって、何度も言うけれど、そもそも私と禅さんは好き同士では無いし、もしも、お見合いをするとしても気が全然合わないし、私の好みとも全く違くて、私は優しくて正義のヒーローみたいな人が好きなのに……禅さんは俺様で偉そうで、ちょっとだけ、優しいだけだ。  だから、結婚どころか、付き合うってことも視野にない。 「都築ちゃん!」  どこに向かっているのかも分からないまま、早歩きで廊下を進んでいたら、後ろから私を呼ぶ声が追いかけてきた。梓さんだった。 「梓さん」  足を止めたは良いけれど、どんな顔で彼女の方を見れば良いのか分からなくて、悪いことをしたときの小さな子供のように私は俯いてしまった。 「すみません、梓さんのお母様に反抗的な態度を取って……。あとから何か言われるのは梓さんなのに」  俯いた状態から、もう少し頭を下げて梓さんに謝罪する。あとのことを全然考えていなかった。このあと、梓さんがお母様に何を言われ、どんな態度を取られるのか。 「ううん、嬉しかったよ。都築ちゃんが本当の妹だったら良かったのに、って思っちゃった」  嬉しそうに笑う声が聞こえる。どうして、そんなに明るく居られるのだろうか? と考えたら私の方が泣きそうになった。いや、泣いてしまった。 「私ね、病気で子宮、取っちゃったんだ……。ーーねぇ、私がこの前助けたから、助けてくれたの?」 「……っ、いいえ、梓さんに恩が無くても同じことをしていたと思います……」  ぐっと涙を堪えながら、顔を上げて梓さんを見る。それでも、堪え切れなくて涙が溢れ、そんな私を見た彼女は唐突に「都築ちゃんに着せたい浴衣があるの」と言った。 「え?」 「もうそろそろ、日が沈むし、今日は泊まって行きなよ。大丈夫、離れだったら誰も来ないから」 「日が沈むって、今、何時ですか?」 「夕方の六時だけど?」  何喰わぬ顔で梓さんがサラッと言った。  ――どれだけ眠らされていたんだ、私は。 「うちね、お風呂も大きいんだよ? ちゃんと女湯と男湯別れてるし」 「そうなんですか!?」  女湯と男湯という響きになんだか安心して、期待して、私は目を輝かせてしまった。瞳に残った涙でさらにキラキラして見えてしまったかもしれない。 「うん、だからさ、あとで浴衣持って行ってあげるから、先にお風呂に行ってて。そこの廊下を真っ直ぐ進んで、右に曲がって、左の階段を下がったところにあるから」 「分かりました! ありがとうございます!」  さっきまでのことを一瞬で忘れて、女子同士のトーク、という感じでワクワクしてしまった。 「じゃあ、あとでね」  お互いに上機嫌で一旦別れ、梓さんは元来た方に戻り、私は言われた方向に進んだ。梓さんが言っていた通り、階段を下がったところに女湯と男湯と書かれた赤と青の暖簾が掛かっていた。  梓さんが来るまで、私は女湯の脱衣場で待つことにした。  本当に旅館のお風呂みたいに脱衣場から広くて、雰囲気も良い。まるで旅行に来たみたいだ。  大きなお風呂に、落ち着くお姉さんと一緒、なんと平和な時間なのか、とルンルンで脱衣場の(とう)の椅子に座って待っていたら、脱衣場の扉が開いた音がした。そして、暖簾が捲れて…… 「ど、どうして……?」  禅さんが入ってきた。
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