攻防戦は女湯で巻き起こる

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「お前が好きだ」  唇を解放して、禅さんが私の瞳をジッと見つめてきた。  ――やっぱり言ってる。棒読みじゃなくて、ちゃんと心の籠もった声で。 「な、どこが、で、いや、なんで、どこがなんですか?」  混乱して、よく分からないことを言ってしまった。私の頭の中に残っている正式文章は「私のどこが好きなんですか?」だ。 「俺にも金にも一切興味が無い。そして、お前は死なない」  その言い方はとても分かり難かったけれど、多分、度胸とかのことを言われているんだと思う。でも、一つだけ言わせてもらいたいことがある。 「私は死なないんじゃありません。生きる意味が分からないだけです」  孤児で、十代のときから働いて必死に生活して、ただ変わらない毎日を繰り返して、そんな自分が嫌になって、生きている意味が分からなくなった。本当はいつ死んだって構わない。でも、禅さんに初めて会って、銃で脅されたとき、何故か死にたくないと思った。今だって理由は分からない。 「お前の生きる理由は、“俺が一緒に居たい”からだ。だから、“一ミリも”なんて言うな」  矛盾している。自分に一切興味を示さない私のことを好きだというのに、興味が無いときっぱりと言われるのは嫌だと? 俺様で、いつも何も感じていないみたいな禅さんが、私の言葉で傷付いていたとでもいうのだろうか。  それにしても 「一緒に居たい……」  禅さんの言葉を自分でも口に出してみたら、急にぶわっと顔が熱くなった。急に素直になるなんてずるい。調子が狂う。自分の心臓が煩くて、とても煩くて、今すぐここから逃げ出したくなった。 「とにかく、俺に慣れろ」 「ぇ、そこに戻るんですか?」  今度は両手を禅さんの身体に触れるように持って行かれて、ドギマギする。
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