1494人が本棚に入れています
本棚に追加
/197ページ
禅さんの実家から戻ってきて、次の日、私は禅さんと一緒に彼の会社に来ていた。
「私の仕事ってなんですか? オフィスって初めてなんですよ」
広いエントランスに入って、私は少しワクワクしていた。運転手も継続だけれど、禅さんが他にも私に仕事をくれると言ったのだ。その理由は、よく分からないけれど。
「餓鬼。ただの雑用だ」
エレベーターに乗り込みながら禅さんが鬱陶しそうに言った。
「雑用、ってなんですか?」
禅さんの後にエレベーターに乗り込んで、彼の顔を見上げながら尋ねてみる。言葉自体は勿論知っているし、一般的な雑務も、まあ知っているつもりだ。でも、この会社での雑用とは、何なのかが気になる。
「ひっ……!」
急に壁まで追い詰められて、ドンっと顔の横に右手を突かれ、思わず、喉から間抜けな声が出た。
「お前、例のことは分かってるよな?」
じりじりと近付いて、禅さんが威圧的に見下ろしてくる。
例のこととは、禅さんが表の人間に裏の顔がバレてはいけない、ということだ。それは分かっている。つまり、私は、誰彼構わず好印象を振りまく禅さんを黙って見ていなければいけないということだ。
「分かってます……」
おずおずと頷く。
「俺に話し掛けるな」
“あまり”でもなく、“当分の間”でもない。この人は私を空気だとでも思うつもりなのだろう。
「……」
そんなことを言われてしまっては黙っていることしか出来ない。私は押し黙って、着慣れないスーツの裾を引っ張った。
瞬間、エレベーターの扉が開いて、凄い速さで禅さんが元の位置に戻った。
「あ、社長―、おはようございます」
入ってきたのは若い女性で、急に禅さんの至近距離に近付いた。
最初のコメントを投稿しよう!