あなたにさよならと言わせてください

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「ああ! まだそこに居たか!」  スタスタという足音と共に、後ろから声がした。 「流川さん、どうしてここに? もしかして、流川さんも雑用……」 「秘書だから居るに決まっているだろう?」  少しご機嫌斜めな様子で流川さんが私の前に立った。さっき、禅さんの部屋で会った気がしたけれど、いつの間に会社に来たのだろうか。  それにしても、お家では世話係で、会社では秘書なのか。それは……どちらも雑用係なのでは? 「若から連絡があって、お前を連れ戻せと言われたんだが一体何をしているんだ? 迷子になって帰れなくなるぞ?」  流川さんは、まるで子供を脅かすみたいに、このビルがバケモノであるかのような言い方をする。しかし、確かに階層も多くて広いけれど、帰れなくなることはないだろう。この人は他人の心配をし過ぎだ。しかも、どこの何なのかも分からないであろう私なんかのために。 「流川さんって、見た目王子様みたいなのに、なんかお母さんみたいですよね」    アイドルみたいに雰囲気がキラキラしてて、目鼻立ちがしっかりしていて、背も禅さんに負けないくらい高くて、マイクを持たせたら今にも歌って踊り出しそうな感じがする。 「やめろ、そんなこと初めて言われたぞ? ――それより、若が待ってる。早く行くぞ」  手で「来い」と合図をして、流川さんがエレベーターのボタンを押す。 「嫌ですよ」 「嫌じゃない。駄々っ子か? 私を助けると思って、ついて来い」  反抗したら呆れたような顔で言われた。ただ、私がついて行かなければ禅さんに文句を言われて酷い扱いをされるのは流川さんだ。禅さんの弱点とか、その他を聞き出すのに、今、流川さんに嫌われるのは困る。 「試しに一回抵抗してみただけですよ」 「揶揄うな。一度で来い」  私が笑うと流川さんはホッとしたような顔で到着したエレベーターに乗り込んだ。静かに扉が閉まって、沈黙が流れる。 「流川さん」 「なんだ?」  沈黙が嫌になって、私が呼ぶと流川さんが文字盤の前から、こちらを振り向いた。
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