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「どうして禅さんはサファイアを選んだんだと思います?」
指輪を見せながら尋ねてみる。
「どういう意味だ?」
「サファイアより高い宝石があるのに、どうしてなんでしょう? って」
あの禅さんだ。高い物を渡しておけば誰でも喜ぶと思っているに違いない。サファイアももちろん高い。でも、ダイヤほどではない。これはもしかすると、わざわざ選んだのでは?
「そんなことを私が知るわけないだろう? 本人に聞けばいい」
「聞けたら、とっくに聞いてますよ」
「特に気にしていないんだろう」
そんな会話をしている間にエレベーターは最上階に到着し、扉が開いた。
瞬間、少し離れたところに立つ禅さんと目が合った。
「私はこれで失礼します」
「えっ」
私のことをエレベーターから押し出し、流川さんは『閉』のボタンを連打していた。顔は笑みを浮かべていたけれど、私からはそれが見えていた。
――そんなに必死にボタン押さなくても良いのに……。
「入れ」
閉まっていくエレベーターを見つめていたら、艶のある木の扉を開いて、禅さんが言った。
「し、失礼します」
もう、これ以上は何も出来ない。そろりと近付いて、部屋に入った。目の前に広がるだだっ広い恐らく社長室……ここが禅さんの職場……!
「何故、逃げた?」
「……っ」
後ろから威圧的に尋ねられて、少しビクッとしてしまう。大丈夫、禅さんはもう私を無理に襲わないと言ったのだから。あんな……、あんな恥ずかしいことは急にはされない。
あの日、あの朝、目覚めて、すっきりした頭で前夜の情事を思い出して、暫く立ち直れなかっただなんて誰にも言えない。妹子にも言えない。
こちらとしては現在、禅さんに対して「俺に話し掛けるなと言われました」と言いたいところだけれど、そんな雰囲気でもなさそうだ。
「に、逃げていません。禅さんが囲まれていたので、それで、えっと、それで……どうしてでしょう?」
よく考えてみれば、どうして私はエレベーターから降りたのだろうか。禅さんがヤクザだということを女性陣に言いふらしたくなったから? でも、なんで?
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