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「禅さんっ!」
椅子に座った禅さんにもたれ掛かるように、その上に座らされ、即座にジャケットの隙間から大きな手が侵入してきた。その手が「もう慣れた」とでも言うかのように、私の胸をシャツの上から翻弄する。
「育成してやっているんだ。感謝しろ」
耳元でそう言われて、同時に『お前、幸薄いな。人に揉まれた方が胸は大きくなるらしいぞ?』という禅さんの言葉を思い出した。
「頼んでませんっ」
――お願いだから、そんな手頃なオンライン育成ゲームみたいに言わないでください。
「まあ、そうだろうな」
ふっと笑いながら禅さんは一言で片付けた。そして、両手で好き放題に私の胸を……
コンコンッ
「わっ」
扉をノックする音に瞬時に反応して、禅さんは私を優しくではあるがグレーのカーペットの床に転がした。
扱いが酷い。私のことを素直に好きだとか言っていた人はどこに消えたのか。
「若、お客様がお見えです」
扉を少し開けて現れたのは先ほど逃げ……消えた流川さんだった。真剣な表情で、いかにも秘書という雰囲気を醸し出している。
「分かった。お迎えしろ」
「はい」
「流川、暫くこいつを外に出せ」
社長の椅子に偉そうに座ったまま、床に転がる私をチラッと見て禅さんが言った。
「何してるんだ? ここは社長室だぞ? 妹子が居るリビングルームじゃないんだ、そんなにくつろぐな」
「え、いや、私は……」
近付いてきた流川さんに文句を言われながら、私は渋々立ち上がった。くくっと笑う禅さんに恨めしそうな目を向けながら。
「失礼します」
ぺこりと軽く頭を下げる流川さんに連れられて部屋から出て行く。
「どうぞ、お待たせしました」
そして、流川さんは部屋の外に居たお客様に声を掛けた。切長の目が印象的で、ダークグレーのスーツをピシッと決めた三十代くらいの男性だった。
私もお客様と目が合って、軽く会釈をする。
にこっと笑って男性は社長室に入って行ったけれど、なんだか、私をすごく見ていた気がした。
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